2017年9月30日

最終回

これが最後の更新
 
 2011年(平成23年)4月、宍粟市に移住(Iターン)をしてから、6年半…。いろいろありました。そして、2013年(平成25年)1月、市議会議員選に出ると決心し、「宍粟・草の根運動の会」を立ち上げた時からこれまで、このブログを通じて、その “いろいろ” を綴ってきました。

 この6年半を振り返ると…市の空き家バンクの物件を借りた際、なぜかそこの不要物の撤去やリフォームの費用を借りる側の私が一部負担させられたり、波賀学校給食センターの統廃合問題の検証委員会では、別の協議の場を設け、そこで結論が出るまでは出さないと約束していたはずの給食センター廃止条例がこっそり上程されていたり(いきなり議会に上程されたにもかかわらず、あっさり可決しました…)、私が理事をしているNPO法人から、補助金を申請した際には、地元自治会や地元の団体の許可や協力(根回し?)のない事業は、申請を受け付けられないとどこにも明文化されていない理由で申請を受け付けてもらえなかったり(何度も書き換えさせられ、一旦受理されたにもかかわらず「受け付けられないので返却したい」と言ってきました…)、一体どのような役職の方なのかわかりませんが、地元のしきたり?の事でいきなり怒鳴られたりと、納得できないけれど、移住者なんてそういうものだと割り切らなければ、身が持ちませんでした。

 まだまだ理解できないことはあります。今は都会にお住いの方に「私の大切な故郷を引っ掻き回すな」とネットで恫喝されたり(恫喝しておいて、こちらが反応したらブロックをかけるという気の弱い方でしたが…)、強制的に集められた会では(なかなか会に出られなかった点は認めますが)最終的にその会には所属していなかったことにされたり、市民が企画してやっていたと思っていた行事が、いつの間にかある行政マンの手柄となっていたり、元行政関係者が「私の力で多額の補助金を引っ張ってきた」と自慢し、なぜかそこに感謝することを強要させられたり、逆に身近で行われてる市の事業(農地付きの空き家を改修し、就農希望者に安い家賃で貸し出し、さらに就農のための補助金を支給する事業)を引っ張ってきたと自慢していたのに、全く機能していない(税金の無駄遣い)にはだんまり…。清掃活動(天役?)をしている目の前で、タバコをポイ捨てされたり、知らない間に新しい組織ができ、なぜかそこからいろいろ指示されたり、何なんだこの街は…と思うことが多すぎました。そして女性や子どもの地位が低いこと、今では誰も知らないような時代からの序列が連綿と続いていることも違和感がありました。
 そして、この街で求められているのは、権力に従順な駒であったり、物言わぬ納税者であったり、地元の行事や行政を無償で支えるボランティアであったり、地元のしきたりや慣習に疑問を抱かないような感受性の持ち主であったりとその嗜好性が見えてきました。

 まぁ、これでは人口が減って当たり前、特に若い世代が転出しても仕方がない、地元への愛着(シビックプライド)が薄れていったとしてもそこに気付くことすらできないだろう…でも、本当にそれで良いのですか?一部の権力(概ね公金で力を蓄えた人々や組織)に支配され、奴隷のような扱いを受けていても黙っているのですか?今起こっていることをなぜ知ろうとしないのですか?気づいているのに見て見ぬ振りですか?なぜ声を上げないのですか?などなど…そんな気持ちで、見えない強大な敵に戦いを挑みましたが、その結果を見れば市民の多くが「今のままで構わない」、そもそも「そのような指摘は当たらない」、「全く問題ない」という認識だったということです。ということで決着はついたわけですが、私はいまだに「今のままで良いはずがない」と思っています…。

“これまでこのブログをご覧いただいた方々へ”
 長い間、本当にありがとうございました。あと数ヶ月間、このブログを閲覧可能な状態にしておこうと思いますが、近いうちに閉鎖させていただきます。そして、違う形、違う場で、最近はあまり聞かなくなりましたが、地方創生という流れの中で、実際に “地方で起こっていたこと” を記録に残しておくなり、発表するなりして行こうと思っています。ある方から「そんなことしたらそこには住めなくなるかもしれないけれど、大切なことだと思うよ」とアドバイスいただきました。同感です…。

開設期間:2013年1月17日〜2017年9月30日
記事の数:345件
総閲覧数:71,116件(9月30日現在)

※追伸 公職選挙法違反(事前運動、戸別訪問など)や地方公務員法違反(政治的行為の制限)をしている人たちがたくさんいます。公務員が政治団体の役員に名を連ねていたり、公務員の立場で立候補表明をし選挙運動をしている人がいたり、選挙の論功行賞でしょうか?特定の政治家の選挙に関わっていた人が選挙後に行政の要職についたり、行政と関係の深い企業や団体に再就職したりと、好き放題されています。寄付行為や利害関係者との会食、公職者またはその親族が市の仕事を請け負う、選挙での応援と引き換えに特定地域、団体に補助金を交付するなんてことは、日常茶飯事です。これらのことも「今のままで構わない」、「そのような指摘は当たらない」、「全く問題ない」という認識のようですが、本当にそれで良いのでしょうか?

追記(2017年10月22日)
 今日は、衆議院議員選挙の投票日です。未だに投票は義務と思っている方(議員や公務員ですら…)がいらっしゃるようですが、“権利” です。確実にこの “権利” を行使してください。投票に行かない人が増えていくということは、自分たちの国、自分たちの街を自らダメにして行っていると認識してください。
特にこの街は酷いことになっていますよ。まともに議案審査できない議員が議会に送られてしまったようです。税金がどんどん一部の権力者に集中して行っています。また、介護保険料、上下水道料金上がりますよきっと…。庶民、弱い立場の人に負担を押し付け、子ども達にツケを回して、大きな顔をしている人たちがこの街を支配しているようです。そこから解き放たれましょう!そのためにもまずは投票です。

2017年5月17日

敗因分析【議論】

この2週間…
 宍粟市の今日は、少し肌寒い感じの曇り空です。(宍粟市は、結構広いので私の住む波賀町では…の方が正確かもしれません。)今日から修学旅行に出かけている中学生も多いのではないでしょうか?

 前回、選挙の翌日に更新したブログですが、落選後にアクセス数が伸び、もう直ぐ70,000アクセスに達します。実際に、どんな感じでブログを開いていただいたのかはわかりませんが、もしかしたら「引越します」という言葉を聞きたかったのかもしれません…。残念ながら、まだ宍粟市におります。

 選挙が終わって、2週間以上が経過しました。就職活動も思うようにいかず、現在、“無職” です。いくつかオファーはもらっていますが、この際、新たな道を探るのも良いかなと思っています。家族もおりますので、そう悠長なことも言っていられないのですが…。そして今回の “敗因分析” が、どんな道に進もうが、糧になると思っています。また、次世代の参考になればとも思いますので、ここに公開します。

なぜ選ばれなかったのか?
 みなさんご存知かとは思いますが、今回の宍粟市長選で私は、19,020:4,928で、“大敗” しました。しかし、負けたことで、選挙期間中は見えていなかった「私を応援してくれていた人たち」も見えてきました。それは市長選挙に出なかったら、出会えなかった人たちばかりです。そして、確実に4,928人の人たちは、私を選んでいただいたのだと思います。

 私は、地盤(組織)、看板(知名度)、鞄(資金)という、“3バン” がなくても、理念と政策(公約)で、勝つことを目標にしていました。今回の結果から考えると、この “3バン” の内、地盤(組織)と鞄(資金)は、必要ないことが再確認できました。名簿が集まらなくても、選挙に手を貸してもらわなくても、大丈夫です。誰が誰に投票したなんて、本人以外はわかりませんから、投票してくれれば良いだけです。そもそも、既存の組織を使って動員をかけ(暗黙の強制も含めて)、道端に立たせたり、戸別訪問をさせたり、集会に参加させたりすることは、政治家がすることではないと思っています。(自ら進んでやっておられることを否定するものではありません。)

 そして、今回の選挙では、公選法で規定される選挙資金の上限は5,790,500円(@81円×選挙人名簿登録者33,216人+310万円)でしたが、私の場合はその10分の1程度で済みました。供託金の100万円は、有効得票総数23,948票の10%=2,394.8票以上の得票がありましたので、没収されませんでした。

 しかし、看板(知名度)は、やっぱり必要なのだと思いました。そして、この看板(知名度)は、他の2つとは少し性格が違い、やり方次第ではいくらでも広げられる、手に入れられるものだと思います。そこを怠っていた、または方法が間違っていたのだと思います。根拠のない噂話を広げられようが、自治会組織を選挙運動(落選運動)に使われようが、市民の選択肢になってさえいれば、状況は違っていたと思います。これだけ差が開いたのは、政策がどうだとか、人柄がどうだとか、出身地がどこだとか、宍粟市にきて何年だとか、そんなことは全く関係なく、“知名度” がなかったということだと思います。「知らない人には投票できない…」当然です。

 これは、周囲に立候補について相談を持ちかけた時に、散々言われたことです。もう1期、議員をして知名度をあげたほうが良いというアドバイスもいただきました。しかし、4年後では財政の面、人口減少の具合から、確実に手遅れになると判断していましたし、もし4年後を見据えて今回、市議選に出ていたとしたら、それは単に市長になりたいだけ(保身?)ということになってしまい、私の政治理念に反することだったのです。

 ということで、話を聞いてもらう、考えを知ってもらう、人間性にも触れてもらう…そういうことができていなかったということです。投票していただいた方々には、大変申し訳ないのですが、挑戦したことに後悔はしていません。「是非、次も挑戦して…」とたくさんの方に言っていただきましたが、今は、考えられません。

 ただ、理念だけはしっかり残していきたい(次世代につなげていきたい)と思います。これは、政治家としての勝手な判断です…。そこで “政治塾” のようなものを主宰できないかな?と考えています。どうでしょうか?それこそ大きなお世話でしょうか?まずは『宍粟・草の根運動の会』をベースに、“政治” を身近なものとして考える場を作っていきたいなと思います。そんな場があったら、参加してもらえますか?

最後にルールのこと
 公職選挙法では、家ごとに訪問して選挙の投票を依頼することや、演説会や候補者の氏名の宣伝をすること(戸別訪問)が禁止されています。選挙運動期間中だけでなく、すべての政治活動においてです。「前からみんなやっている」とか「挨拶に来ないのは、お高くとまっているからだ」とか、いろいろ言われましたが、私の場合は近所に「選挙事務所をここに構えるので、お騒がせします」という挨拶はしましたが、戸別訪問による選挙運動は一切していません。また、選挙区内での寄付行為も禁止されています。何が正しくて、何が間違っているのかを、多くの方に理解してもらいたいとも思いました。

2017年5月1日

これまでありがとうございました。

敗戦の弁
 4月23日から始まった、宍粟市長選挙ですが、30日に結果が出ました。
当日有権者数:32,780人、投票者数:24,226人、投票率:73.90%

 鈴木 浩之        4,928票
 福元 晶三      19,020票

 “大敗” です。4,926人(4,928票から、私とかみさんの分を引いています…)の皆さん、本当にありがとうございました。私のチカラ不足をお詫びします。

 また、選挙権を持たない子ども達にもお詫びしなければいけませんね。でも大丈夫、大人はみんなのことを第一に考えていてくれるはずです。

 今まで、子ども達や若者、女性、高齢者、障がい者、病気の方、そして過疎地域に暮らす人など弱い立場の方々の “声なき声” を届けるために活動してきました。

 その “声なき声” が届いていない(議員ではそれを届けられない)ことが、今回の挑戦のきっかけでした。

 そして、若者に帰ってきてほしい、宍粟市で頑張ってほしい、活躍してほしい、そんな場所を宍粟市に作りたいと訴えてきましたが…。

 私が選挙戦でこだわり続けた “街頭演説” の一節をここに紹介しておきます。
「政治というものは、常に弱い立場の人達に寄り添ってなければならない。しかし、今の政治は、強い者に媚びへつらい、強い者からの要求に屈し、そのツケを子どもや若者、弱い立場の人、小さな地域に押し付けている。そんなものは政治でもなんでもない。特に宍粟市の未来にとって必要ない。
 諦めかけてはいませんか?本当は、子どもさんやお孫さん、若者に宍粟に帰ってきてほしい、ここで一緒に暮らしたい、ここで一緒に子育てしたいと願っているはずです。しかし、そんなささやかな願いさえ、素直に口にできない、そんな町になりかけてはいませんか?本当にそれでいいのでしょうか?ぜひ、胸を張って “帰っておいで” と言える町を一緒に作っていきましょう!」

 まぁ、自分としてはよく頑張ったと思っています。そして、若い子達には、諦めないでほしいと思います。地域で子ども達を育て、弱い立場の人たちを一緒に支えていきましょう。

 未来への意思表示(選択)の機会だけは、提供できたように思います。家族には、挑戦する親父の背中を見せられたと思います。

 負けはしましたが、これが民主主義、市民があちらを選択したということです。そして、市民の意思が見え、政治家としてはスッキリしました。

最後に…
 しかし、選挙前に「あいつは、落ちたら宍粟市を出ていく…」というお話しを相当、広げていただいたみたいです。つまり、宍粟市に愛着がないとか、私利私欲のために宍粟市を引っ掻き回している、踏み台にしているだけだと言いたいのでしょう。
 
 この4年間は、議員を生業にしてきましたので、その仕事はなくなりました。私の両親は、静岡で暮らしていますので、両親からみれば、子ども、孫は静岡から遠く離れた宍粟市に暮らしていることになります。きっと「帰ってきてほしい、孫たちと一緒にいたい」と思っているのではないでしょうか?でも、そんな思いは口にしないで、私の生き方をずっと応援してくれています。

 「これを機に帰ってあげたら?」とか「両親を静岡に放っておいて、ひどいやつだ」と言われるならば、理解できます。こんな話を広げている一部の人たちって、仕事はないだろうけれど「宍粟市に住んで、黙って納税だけしていろ」とでも言いたいのでしょうか?私の両親が病気になったりしても、「そんなものは放っておけ」と言っているのでしょうか?

 これだけ若者が流出している宍粟市、仕事がないからだって、みなさん言われます。そして、宍粟市では、お子さんやお孫さんが、市外にいらっしゃる高齢者世帯もたくさんあります。「進学で、宍粟市を離れて帰ってこない子が多いから、宍粟の子は学力はそこそこで良い」って、言われてしまったら、親としてはとても心配になります。

 私がこの選挙戦で掲げた政策は、若者の仕事であったり、暮らしであったり、子育てであったり、教育であったり…。若者が宍粟市に帰ってこられるような状況と若者が活躍できる町を一緒に作って行きませんか?と訴えてきたわけです。

 私のチカラ不足でその訴えは届きませんでしたが、「あいつは、落ちたら宍粟市を出ていく…」というお話しは、その真意を理解できないままに、宍粟市民になって7回目の春を迎え、桜は散りました。

このブログについて
 2013年1月、市議会議員選に出ると決心し、「宍粟・草の根運動の会」を立ち上げた時から、これまで、記事の数343件、閲覧数67,555件(5月1日13時現在)でした。ブログをご覧いただいた方々、本当に長い間、ありがとうございました。
 私も食っていかなければならないですし、家族も養っていかなければなりません。仕事探しを始めますので、このブログはとりあえず “無期限休止” とさせていただきます。(個人的なSNSは、引き続きやっていきます。)

宍粟・草の根運動の会 代表 鈴木 浩之

2017年4月18日

幼児教育・保育【政策目標】

夢公園の大樹…こんな風
新聞発表
  宍粟市は、昨日の暴風雨から一転、清々しい春の陽を迎え入れました。今日、議員協議会(全議員出席の報告会、各委員会からの報告を受け、情報共有する会議)がありました。この会議への出席をもって、実質的な私の議員任期は終わりました。4年間、ありがとうございました。

  そして、今日は喜ばしいニュースが新聞に載りました。それは、「宍粟市で公立の認定こども園設置が決まった」というものです。平成21年に策定された「幼保一元化計画」(10年間ですべての公立幼稚園・保育所を廃止し、7つの中学校区に認定こども園を設置し、その運営を民間保育所に任せるというもの)ですが、公立の幼児教育・保育の施設がなくなるということ、また民営化されるということについて、地域住民の不安や葛藤があり、平成28年度末時点で、1園しか開園できていませんでした。

  これまでの4年間、議員としてずーっと「公立を希望している地域については、公立も検討すべき」という意見を、一般質問などいろいろな場面で、主張してきました。地域住民の皆さんの願いが、やっと叶ったということです。これまでずーっと「民営化」の立場を堅持してきた行政側が、軟化したということです。その地域に民間の保育所がないという特殊性はあるにせよ、私も少しだけ、声を届けることに貢献できたのではないでしょうか…関係ないかな?

  一方で、行政が「とにかく民営化しか道はない、これからどんどんと減っていく子どもたちのこと考えて民営化に賛成してくれ」というスタンスで計画を推進してきた地域、公立を求めていたのに結局は、民間の認定こども園が設置された地域に、どうやって説明するのでしょうか?「公立はできない」と明言して、幼保一元化計画を推進してきた行政(市長)は、しっかりと説明(謝罪)しなければならないと思います。

  そして、今回の公募(二次募集)は、4月28日までと期限を決めて、運営法人を募集していたのにも関わらず、問い合わせがないということで、その締め切りを20日早めて7日とし、昨日17日には「公立でします」と発表されています。皆さんお気づきかと思いますが、宍粟市は、23日告示、30日投開票で選挙がありますので、結果的に子ども達は、いわゆる “政争の具” にされてしまっているのです。まあそれでも、住民の声が届いたという結果については、大歓迎です。

この先の幼保一元化計画
  私は、この幼保一元化計画を住民の意向を聴くところから仕切り直したいと思っていました。「公立を希望している地域については、公立も検討すべき」という意見は、4年間主張し続けて、このタイミングでやっと通りはしましたが、民間保育所と公立幼稚園・保育所が共存している地域では、このままいくとこれまで同様「とにかくこの地域では民営化しか道はない、これからどんどんと減っていく子どもたちのこと考えて早く民営化に賛成してくれ」というスタンスで協議を進めるでしょう。

  今回、公立認定こども園が決まった地域は、より良いものになるように地域の意見をしっかり聞き、子ども園に反映させていきたいと思います。ここまで決まっているのですから、創造的、建設的な議論ができると思います。設置までの間も子ども達はどんどん成長していきますので、1日も早く地域が望んだ幼児教育・保育環境が整うようにしていきたいです。木造で、いろんなところで無垢材に触れられるような暖かい園舎、地域に開かれた子ども園が良いですね。

  もう一方で、これから協議が始まる地域では、その地域が公立の幼児教育・保育施設を望んでいるのか?それとも、民間を望んでいるのか?しっかりと意向を聴いて、現在の幼保一元化計画は見直したいと思います。特に、認定こども園ができるまで…と放置されてきた、園舎の耐震改修、幼稚園での3歳児教育、一時預かりや延長保育の地域間格差是正については、幼保一元化計画とは別に進めていきます。今、この瞬間も子ども達はどんどんと成長していますから…。もし一緒になれないならば、これまでのように共存していくのが良いと思います。“幼稚園教諭” という雇用も確保できるわけですし…。また行政が言う「子ども達の健やかな育ちのための適正規模の集団」なんて、何の根拠もないものですから、本当に子ども達にとって、どんな教育・保育環境が良いのか?いろいろな知見を集めて議論していきます。  

2017年4月17日

補助金の見直し【政策目標】


春の嵐…
  宍粟市にも、春の嵐です。警報まではいきませんが、すごい風と雨です。花粉もすごいようです。今の時期は檜の花粉でしょうか?マスクをしている方や鼻をグスグスしている方によく出会います。この時期、ちょっとだけ目がかゆくなったりはしますが、私は、花粉症ではないようです。

  前回から始めた “シリーズ政策目標” ですが、それほど閲覧数が伸びませんでした…。ただ、60,000ページビューから、1ヶ月も経たないうちに+3,000ですので、1日約100件の閲覧があるということで良しとしましょう…。

  昨年5月から始めた “街頭演説” ですが、日曜日(16日)に、102回目を終えました。これが議員任期中、最後の街頭演説となりました。どれだけ声が届いているでしょうか?途中から、SNS(facebook)での、ライブ配信も行ってきました。どれだけの方が見ていただいているのでしょうか?

  最近、会報11号を発行しました。続いて12号も近々、発行します。この12号が議員任期中、最後の会報になります。会報は、新聞折込を中心に配布していますので、市内に約13,000部が配られています。どれだけの方に読んでいただいているか?それは把握できませんが「読んだよ」とちょくちょく声をかけていただけるようになりました。そこには、次の4年に向けた “政策目標” を書かせていたきましたが、そこに書き切れなかったところを中心に、このブログで補足していきます。


補助金とは?
  現在の宍粟市の補助金ですが、制度としては200件以上…。これはどんどん増えていると思っていただいて差し支えないでしょう。“補助金” と聞いて、皆さんはどのような印象を持たれるのでしょうか?私は、大雑把に言うと「今後、〇〇のような事業を推進していきたいので、それに取り組んでいこうとされている、またすでに取り組んでいる団体の皆さん、補助金を使って一緒に事業を推進していきませんか?」というものだと考えています。しかし、制度の中身を見てみるとそうでもないようです。

  補助対象=ある特定の団体、という補助金はたくさんあります。その団体がしている事業は公益性がある、市民全体に利益があるという前提のもと、税金から補助金を出し、団体の運営を支えながら事業を行っているのというのが、表向きの姿です。

補助金の見直し
  例えば、Aという団体に、団体そのものの運営に対する補助金や、ある事業をするための事業費補助など、多額の補助金が充てられているとします。しかも、補助率は、10/10だとすると、ある団体は何も生み出さなくても(無料で人を集めて事業をしても、またそこに何人が参加しようが)、かかった費用は全て税金で賄われることになります。このAという団体が、公益性、市民全体の利益のために何か努力をすると思いますか?私の感覚では、人件費だけを確保したうえで、余った予算を消化するようになってくる=市民全体の利益にはならないと思うのです。どちらかといったら、税金の無駄使いだと思います。住民への行政サービスのカット、また市民に負担増を強いている裏では、こんな制度がたくさん残っているのです。

  こんな例もあります。ある施設を指定管理者として運営しているBという団体、そのBという団体は指定管理以外に自前で事業もして、相当な利益がある。そこに運営補助金が出ている。対象経費は「団体Bの運営に要する経費で市長が必要と認めた経費」で、これも補助率10/10である。しかも、指定管理料としても税金が投入されている。このBという団体が、公益性、市民全体の利益のために何か努力をすると思いますか?案の定、指定管理している施設は、その設置目的に合致したような事業はされておらず、当然、成果も出ていません。

  私は、 “補助金” 全てが無駄であるとは思っていません。その補助金があることで、色々な事業ができて、それが公益性、市民全体の利益に繋がっていくのなら、その補助金は必要だと思います。ただ、もし団体がずーっと補助金に頼っていると、団体AやBのようになって行ってしまうと思います。そこに公益性はありません。“税金” が “補助金” と名前を変えて、一部の人たちの利益になっていくだけです。

これまでの4年
  議員として、これまでの4年で「反対」をしてきたことは、前述のような「それって税金の使い方としてどうなの?」というものが、ほとんどでした。しかし(皆さんは、ご存知かどうかわかりませんが…)“補助金” って、ほとんどの場合、要綱など市長が定める法規で運用されており、議会はその制定にほとんど関与できません。いろいろ意見は言えたとしても、聞く、聞かないは、最終的に市長の判断ですので、予算=議案になった段階で否決するか、修正するかの道しかないというのが現実です。

  私は200件以上ある、この “補助金” という制度が、本当に市民全体の利益に繋がっているかどうかを、市民の目でチェックしていただきたいのです。そしてそこからの意見を背景に、補助金の精査をしたいのです。ある地域では、「補助金があるから、毎年事業をしなければならない」という声を聞きました。こういう感覚になってしまっているとしたら “補助金” は単なる “負担” になってしまって、逆効果です。

  現実味がない話かもしれませんが、補助金制度を精査すれば、相当な財源が眠っていると思います。制度があり、予算化もされているけれど、使われていない “補助金” は相当あります。収入=税金である自治体という団体は、お金がない場合、行政サービスのカット(経費削減)、市民負担増(収入確保)に動きますが、実際のところ、この “補助金” という世界は、ある意味、聖域化(既得権益化?)されていて、無駄がないのか厳しくチェック、場合によっては廃止するといったことは行われていません。行政サービスのカット、市民負担増の前に、まずは、補助金を総点検することが、市民にとって有益だと思います。

2017年4月15日

共助ネットワークの構築【政策目標】

宍粟市“夢公園”の桜
昨日(14日)の宍粟市は、とても暖かく、場所によっては暑いくらいの陽気でした。一転して、今日(15日)は、雨模様です…。

  市の南部では、桜が散り始めています。一方で、市の北部では、やっと蕾が膨らみ、もうすぐ開花というところもあります。やっぱり、宍粟市って広いなぁと感じました。
  
  そして、市内をあちこち走ってみると、見事な桜並木がいろんなところにあることに気づきます。桜の本数で考えたら、この広い宍粟市では、相当数になるのではないでしょうか?これって、都会では絶対にない風景です。もっとPRしていきたいですね。

  今回から、次の4年に向けての “政策目標” に関することを書くことにします。皆さんの判断材料の一つになればと思います。

熊本地震
  4月14日は、“熊本地震から1年” ということで、各地で追悼式があったり、報道では、特集が組まれたりしています。震災関連死を含め、亡くなられた方は225人、未だに仮設住宅で暮らす方は、4万人以上だということです。改めて、亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。また1日も早い復興を願っています。

  報道の中では、災害ボランティアの存在も取り上げられていました。震災直後は、1日に約4,000人のボランティアが熊本に集まっていたようですが、今はほとんどボランティアが来ていないそうです。私も息子と昨年の4月30日、5月1日と熊本に行って、ボランティアをさせていただいたことを思い返していました。確かにずーっと熊本が気にはなっていたのですが、あれから熊本には行けていません。

  今日、書類を探していて、偶然、熊本地震のあと市長と教育長に宛てた「被災した児童生徒の受け入れについての申入れ」という書類が出てきました。そういえば、趣旨に賛同いただいた議員(私を含めて8名)に名を連ねていただいて、次のような文書を昨年の4月20日に提出したことを思い出しました。
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 先日から続く、九州における連続地震によって、被災者・避難者の皆さんは、厳しい条件での避難生活を余儀なくされており、連続する地震は収束せず、精神的にも大きな不安の中で生活することを強いられています。

 小中学校が避難所として利用されており、休校している学校の数は450を超えるとの報道もあり、再開のめどは立っていないようです。

 このような状態が長く続けば、子どもたちの健康面への影響だけでなく、学習面での遅れ、またそれを取り戻すための過度な負担が予測されます。

 私たちは、これまで地震だけでなく様々な自然災害に直面してきました。21年の豪雨災害では、全国から温かい支援の手が宍粟市に差し伸べられたことも記憶に新しいところです。

 宍粟市は、これまで少子化、学校規模適正化により空き校舎、空き教室があります。それらを利用して、被災し休校になっている学校の児童生徒を中心に、先生や家族を受け入れ、教育活動を継続するための支援を行うべきです。

 被災した全ての児童生徒を受け入れることはできませんが、宍粟市として、関西広域連合が支援を決めた、「益城町」の児童生徒を受け入れる意思を表明し、関西広域連合、兵庫県及び兵庫県教育委員会を通じて、熊本県、熊本県教育委員会、益城町との調整が必要です。また、市民に対し、協力の要請が必要です。

 ぜひ、被災した児童生徒の教育支援、またそれに向けた協議に速やかに入っていただくよう申し入れいたします。
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  宍粟市と益城町は、700kmほど離れていますので、今思えばとても非現実的な提案をしたなぁと思います。実際に益城町からの受け入れはありませんでしたし…。ただ、宍粟市に、「そういう意思がある」ということを、表明しておくことの意味はあったと思います。しっかりとこの声が兵庫県、また益城町に届いていたでしょうか?

共助ネットワーク 
  熊本でのボランティアで経験したこと、感じたことは、その後の議員活動に生かしてきました。熊本では、ボランティアセンターで高校生、大学生くらいの若者が、一生懸命に活動していました。その子達と一緒に瓦礫撤去などに関わりました。高齢者だけのお家の片付けに関わりましたが、ちょっとおしゃべりするだけでも、とても喜んでくれました。災害云々は関係なく、普段から寂しいのだと思います。
 
  宍粟市でも、いざという時に応援してくれるような、広い意味での “共助ネットワーク”を、市内外の若者と築いていく必要を感じました。今冬の大雪の時にもそれを感じました。大雪の時は、一人で動いても何の役にも立てないことを実感しました。

  少子高齢化、過疎化が進む地域では、こうした “共助ネットワーク” を張りめぐらせることが、安心につながります。災害時だけではなく、普段から、若者が対流する仕組みが築ければ、福祉、教育、産業、観光などにも有益でしょう。

2017年4月13日

4年間の実績?【議論】

宍粟市は、清々しい春の朝を迎えています。昨日、私は最後の常任委員会を終えました。そして、私の議員生活も残り10日となりました。

  この4年間「いろいろあったなぁー」、「市民の皆さんにお世話になったなぁー」、「家族にもいろいろ支えてもらっていたんだなぁー」などと怒涛の4年間を振り返っています。悔し涙も、歓喜の美酒も、悶々と頭を掻きむしることも、一筋の光に突き進んだことも…。

  4年に一度の審判まで、17日…。もうここまできたら、市民と自分を信じて、自分のやり方で突っ走るしかないですね。5月1日をどんな気分で迎えられるのか?今から、ワクワクしています。

  この日曜日(16日)は、『第12回宍粟市さつきマラソン大会』です。これまで9〜11回大会まで、3回出場しましたが今年はエントリーできませんでした…。来年は、絶対にエントリーします!出場される皆さん、運営に携わる皆さん、頑張ってください!

4年間の実績?
  ここに来て、「お前はいったいこの4年間、何をやってきたんだ?」と問われることが多くなりました。「あれをやりました」、「これやったのは私です」という言葉が聞きたいのでしょうか?それとも「何もできませんでした。すみません…」という反省の弁を求めているのでしょうか?政治家は「これは私がやりました!私の提案でこれが実現しました!」なんて大きな声で語ってはいけないと思います。

  政治家が関わるすべての事柄、原資は “税金” です。議員の側は「これをやるのに、これだけ “税金” を使わせていただきました!」でなければなりません。行政側は「この提案に対して、“税金” をこれだけ配分させていただきました!」であるはずです。都道府県や市町村と言った公共団体は、お金を生み出しているわけではありません。そこが使うお金はすべて “税金” です。会費や出資と言った性格のものの集まりです。政治家は、その使い方を決める権限を与えられている立場だからこそ、自分や親族、また特定の団体や企業に対して、便宜を図ること(便宜を図ったのでは?と疑われるような行為も含めて)が厳しく規制されているはずです。それは法律や条例を守るだけでは不十分で、政治家の倫理観に頼る部分も多々あります。「法律や条例に違反していないからいいでしょ?」と言った言い訳は通用しません。

  しかし、実態はどうでしょうか?今話題の “忖度(そんたく)” も含めて、自分や親族、またつながりの濃い特定の団体や企業に対して、便宜を図っているようなことばかりです。つまり、力のある者のところに “税金” が偏っていく仕組みが出来上がっているのです。政治家の親族企業、またつながりの濃い企業や団体が、公共事業の入札に参加し、高落札率(または最低制限価格ギリギリ)で落札したり、補助金をいくつもあてがわれたり…。この4年間で、目を覆いたくなることばかりが目の前で起こりました。そして、政治家がそういった企業や団体と、一緒にお酒を飲んだり、寄付と受け取られかねないことをしたりする姿、それがまかり通る風土にも触れました。私はこの4年間でそれを止めることができませんでした。

  ある団体の長が「補助金をせしめるために、何かできないか?」と言っているのを聞いて、「あぁ、こうやって無駄な事業に “税金” がどんどん使われていくんだなぁー」と思ったこともありました。政治家が「これは私がやりました!私の提案でこれが実現しました!」なんて大きな声で言っているから、市民も “税金” の意味をすっかり忘れて、補助金をせしめる、みたいな感覚になっていくのではないでしょうか?そして、その積み重ねが、次世代へのツケになって地域に残っていくのではないでしょうか?

  若者が出て行っても、仕方がない…、せっかく帰ってきても、今まで気がつかなかったそんな現実を目の前にしてため息をつく…。そうやってどんどん “活力” は失われていく…。前回の選挙で当選証書をもらった後、先輩議員に挨拶したら「あんたなんか、何もできないよ」と言われたことを思い出しました。今思えば、このことを暗に教えていただいていたのですね。
 
だから次の4年
  そう考えるとこの4年間、私は議員の立場で税金の使い方の軌道修正に専念していたのだと思います。議会が本来与えられている権限、“税金” の使われ方をチェックし、必要があれば修正するという機能を取り戻すことに専念せざるを得なかったのだと思います。否決も議案の撤回も、予算や条例改正案への修正案の提出も、附帯決議も…議会が本来与えられている権限を取り戻すための行為です。

  もちろん、今まで行われてきた事業、これから行われようとしている事業が、私の発言を発端にして形になったという “自負” はあります。でも「これは私がやりました!私の提案でこれが実現しました!」なんて恥ずかしくて言えません…。そこで使われるお金は、みなさんからお預かりした大切な “税金” ですし、その “税金” が、多くの市民に利益として還元される環境が整っていない以上、この財政難の状況で、軽々しく事業の提案なんかできません。

  また、私が提案した事業が形になったとしても、「先輩議員は、もっと前から提案していた」とか、「口には出さなかったけれど、前々から頭の中に構想はあった」とか言われてしまったら、「そうですか」としか言えません。逆に評判の悪い事業は「あいつから提案されたものだ」と言われかねない世界でもありますし…。

  地味でも良いのです。それが市民に伝わっていなくても良いのです。見ている人は見ていてくれる、またそれを評価してくれる人は評価してくれる…。期待してくれる…。賭けてくれる…私にとっての “審判” は、宍粟市にとって自分は『必要 or 不要』という “審判” だと割り切っています。

2017年4月10日

次の4年に向けて “マニフェスト” 完成【報告】

宍粟市は今日も暖かく、とっても過ごしやすい、春の陽気でした。ちょっと雲が多かったですが…。今日が “入学式” というところも多かったみたいです。桜もいい感じになっているのではないでしょうか?いよいよ新しい生活が始まりますね。ちなみに明日(11日)は、幼稚園の入園式です。自分の娘も通った地元の幼稚園は、新入園児は、3歳から通う子ども達になります。(途中から転入の子もいる見たいなので、3歳児教育が条例化されて2回目の新入園児というあくまで制度のお話です…。)私も議員として入園式に参列させていただきます。その子達の卒園式にも、違う立場で参列したいと願っています…。

マニフェスト完成
 やっとの事で、次の4年に向けた “マニフェスト” が、ほぼ完成しました。4月23日までに『宍粟・草の根運動の会』の会報11号、12号を続けて発行する予定です。12号が実質的には “最終号” になると思います。これまで自分の中でボヤーッとしていたものを、くっきりと形にしたようなものですが、その会報の中で、完成した “マニフェスト” は、順次公開していきます。
 実は少し納得感がない(これまでの発言と矛盾している)点があります。私はかねがね、「私が何をしたいのかはさほど重要ではなく、市民が何をしたいのかという声、アイデアを受け止めて、政策にして実現していきたい。」また「市民が自分たちの “まち” の未来を描く、そんな自治の仕組みを作りたい。」と公言してきました。「あれやります、これやります」というのは、政治家ではないと思っていますし、実現可能性が低いものも含めて、大風呂敷を広げて単に夢を見させてしまうようなものは、“マニフェスト” ではありません。“マニフェスト” とは、政党や候補者が、具体的な数値目標・達成期限・財源などを示す “公約文書” です。
 しかし、まだまだ市民は政治に「何をしてもらえるのか?」を求めている気がします。きっと、それは将来に対する漠然とした不安の裏返しなのではないか?と思い始めました。その不安を受け止め、それに応えていくのも、もしかしたら “政治” の役割ではないか?不安にさせているのは、これまでの “政治” の結果でしかありませんし…。だったら、正々堂々と自分の夢を語っても良いのではないか?自分が現在、持っているアイデアを最大限披露しても良いのではないか?その上で、選挙という “審判” を受ける方が、スッキリするなぁとも思います。これまでの4年間(宍粟市民になって6年間)で、まちづくりに対する夢、アイデアがたくさん蓄積されました。その原資はやっぱり “市民の声” なのです。よく考えてみれば、出し惜しみする方が失礼な話ですよね。端からみれば「そんなことできるはずがない」と捉えられるものもたくさんあるでしょう。でも、私はなぜか「自分ならきっとできる。」と清々しい気持ちでいます。

いよいよ本番
 まだまだ準備が整っていない状態ですが、いつものことです…。“戦(いくさ)” が始まるまで、残り13日…。いつの間にか2週間を切っているではありませんか!いつも、何に対してもギリギリにならないと取り組まない性分みたいです。とうとうギリギリになってしまいましたので、一気に風を起こして、突き進ませていただきます!そして、必ず選ばれます!

市政報告会終了…【報告】

宍粟市を通過中の桜前線は、現在、波賀町の南部(宍粟市のちょうど真ん中あたり)を通過中でしょうか?昨日(9日)には、“街頭演説” を、満開の桜の中で…と思っていましたが、いろいろとトラブルがあり、その願いは叶いませんでした。新年度も始まり、何かとお忙しい時期だと思います。新しい生活が始まっている方も多いと思います。体調など崩されませんように…。特に就職、進学、進級した若者や子ども達にとって、新しい生活が実り多いものになることを心から願っています。

市政報告会
 4月5日(水)〜8日(土)にかけて市内4カ所で、「市政報告会」をやらせていただきました。結局、参加者は、4日で30名ほどでした。ご参加いただいた方々にこの場を借りて、御礼を申し上げます。「貴重な時間をありがとうございました。」
 ご参加いただいた方からの意見(初めて参加された方々にとっては “驚き” ?)にもありましたが、参加者が少ない…。私自身は、今回を含めて20回ほどの「市政報告会」をやらせていただいております。参加者が少ない状況には、慣れています。前にも書いたかと思いますが、参加者がおらず、会場で読書をして過ごしたなんてこともあります…。時間、場所、会場セッティング、告知方法などなど、いろいろ工夫はしていますが、結果(参加人数)に結びつきません。後援会組織を持たない私としては、仕方のない状況なのかもしれません。(ちなみに会報は10回、街頭演説は100回ほどしています…。)それは、やはり地盤を持たない政治家の宿命なのかもしれません。しかし、「それにしても…」というのが正直なところです。4年前も全く手応えのない選挙でしたが、それにも増して手応えがありません…。アウェー感だけが際立つ結果となりました。

新たな発見、再確認
 しかし、市政報告会などを通じて、新たな発見や再確認することがたくさんありました。それは、市民の政治への関心であったり、政治に求めるものであったり様々です。それらを自分の政治信念と照らし合わせて、取捨選択、消化した結果…。
 発見、再確認できた事=私がしたい事、しなければならない事です。それは分断されてきたものを繋ぐ事、そこに政治の役割があると言う事です。分断されてきたもの、それは世代のようです。子ども、若者、子育て世代、高齢者…。お互いがお互いを理解し、支え合うこと、またそれが循環することが必要なんです。高齢者は支えるだけの世代ではなく、子どもや若者、子育て世代を支えてくれている大先輩、精神的支柱なんだという事です。もっと地域の子育てや若者の支援、次世代の育成・応援にその力を貸して欲しいのです。もちろん、子どもや若者が高齢者を支える場面もたくさんあります。“持ちつ持たれつ” の関係なのです。そして、子ども、若者、子育て世代、高齢者が、お互いを理解するためには、教育が重要ですし、一同に会して話し合う場(触れ合うだけでは弱いかな…)、一緒にまちづくりに参加する事(意思決定にみんなが関わること)が必要な気がしています。そこで宍粟市の現状を見てみると…。もっと、子ども、若者、子育て世代が表舞台に出てこないとバランスが悪いと言うことです。上層部が決めて、その指示に従って若い世代は参加している(参加させられている)ような状態が続いている気がするのです。だから、上の世代、下の世代どっちにも足を突っ込んでいる世代が、中継すること、世代をリレーすることが必要なのだと思いました。まちづくりの結果が出るには、10〜20年かかると言われています。合併も「10年経たなければ成果(影響)が見えない」と言われていました。周りを見渡すと、確かに10年くらい “自分たちで” 踏ん張ってきた町が成果を出しているように思います。10年間、子育て支援に力を入れてきたから、人口減が止まったとか、10年間、産業振興に力を入れてきたから事業所、起業が増えたとか、10年間、移住定住に力を入れてきたから過疎化、少子化が止まったとか…、10年間、財政健全化に力を入れてきたから将来負担が減ったとか…。誰かが「過去は変えられないけれど、未来は変えられる」って言っていましたが、子どもや若者が言うならまだしも、これまで現役だった方々に言われると無責任な感じがします。

分断されてきた10年
 過去を振り返ると、この10年は “分断の10年” だったと思います。世代の分断、市民と行政、市民と政治の分断、家族の分断、強者と弱者の分断…。宍粟市の場合、旧4町の分断というのもありそうです。子どもは学校や幼稚園保育所、若者は職場、高齢者や障がい者は施設、近くにあった役場は機能縮小、議員定数、投票所の削減、人口は激減したのに世帯数は増加、空き家が増える一方で新築の家、集合住宅が増える…などなど分断は進んでいます。それによっておいてきぼりになっている人たちが出てきています。特に市民と行政、市民と政治が分断されていくことは、どんどんと一部に権限が集中することを意味します。今では、「そんなこと知らなかった。いつ、どこで決まったの?」ということが多くなっているのではないでしょうか?議員にすら知らされていない(けれど自治会長会には報告している…)ことが多すぎて、市民に伝えようにも伝えられないということがあります。自治が崩壊し、市民が政治に関心を持たなくなるように物事が進んで行っています。私は人口減、人口の集中の根本原因はここにあると思います。そこを次の4年間でなんとかしていきたいのです。これからの宍粟市の政治は、しがらみのない立場で、市全体を見渡せる者がリーダーシップを発揮していかなければなりません。市民と寄り添い、市民の声が届く政治を実現できれば、宍粟市に明るい未来が待っていると確信しています。4月30日まで、20日!駆け抜けて必ず選ばれます。

2017年4月5日

帆は準備できた!【雑談】

地域医療
 宍粟市は、完全に “春” です。まだ、山間部の日陰には雪が残っていますが、虫、鳥、草花、そして人も、“春” を満喫しているようです。でも、花粉症で悩んでいる方々にとっては、あまり歓迎されない季節なのでしょうか?私自身は、毎年「とうとう花粉症かな?」という感じの症状は出ますが、すぐに治ったり、それほど辛い状況にはならないで済んでいます。反応する植物によって、症状が出る時期は違うようですが、少しだけ辛抱が必要ですね。花粉症に悩む方がもし病院にかかる場合、どの診療科を受診されるのでしょうか?症状によって眼科?耳鼻科?といった感じでしょうか?宍粟市の総合病院では、耳鼻科診療は週3日(月水金の午前)。また、眼科診療は週2日(水木の午前)となっています。眼科は、総合病院の他に市内に2つの開業医さんがありますので良いのですが、耳鼻科は、総合病院しかありません…。そして、これらの病院は、東西方向約32km、南北方向約42km、面積658.54㎢という宍粟市の南部に集中しています。そこまで車で、30分〜1時間という方は、たくさんおられます。特に耳鼻科を受診したい場合、子ども達だったら学校を休まなければならなくなってしまいます。一方で、南部に住む子ども達は放課後、他市町の耳鼻科に行くことが容易です…。こんな状況からも、北部から南部への人口移動は起こるのかもしれません…。

春といえば…
 始まりの季節です。選挙が多い季節でもあります。各地から “選挙” のニュースが聞こえてきます。もちろん宍粟市も…。県内では、議会議員選挙では、赤穂市、福崎町、香美町、そして宍粟市と続きます。また宝塚市、伊丹市、豊岡市、朝来市、淡路市、香美町、そして宍粟市と首長選挙が続きます。夏には県知事選挙もあります。4年前の春は、私も選挙で、バタバタしておりました。これからも4年に一度、バタバタする季節が、“春” なのでしょうか?もう少し春を満喫しながら、ゆったりと過ごしたいものです…。
 帆船にとっては良い季節なのでしょうか?国内外の帆船が、長崎をめざしています。4月20日(木)~24日(月)まで、長崎で “帆船まつり” があるようで、関西からも「みらいへ」という帆船が長崎に行くようです。見に行きたいですが、今年は無理です…。
 帆船といえば…“順風満帆” という故事?が思い浮かびます。「順風」とは、船の進む方向に吹く風、追い風のこと。そして「満帆」とは、帆をいっぱいに張ること。『船が追い風を帆いっぱいに受けて、快く進むことから。物事がすべて順調に進行していることのたとえ』だそうです。“神風” なんていう、不確定なものを期待はしていません。現在の “逆風” を “順風” にするためには、やはり私個人の力だけではなんともなりません。帆の準備はできました。あとは追い風を起こすだけです。自分勝手な言い分かもしれませんが、多くの方に風を起こしていただければと思います。「あんたもう少し、政治に関わっていいよ」と思われる方がいらっしゃるならば、ザワザワしていただきたいなと思います。4月30日まで、残り25日…。

2017年4月4日

そろそろ風を吹かせよう!【議論】


新年度
 宍粟市は、すっかり “春” です。新年度も始まり、進学、人事異動などで、人が動く時です。引越しの荷物を積んでいる車を見かけるようになりました。どれだけの人口が移動するのでしょう?ちなみに、2月末に宍粟市の人口は、39,281人(住民基本台帳人口)でした。
 南部(山崎町)では、桜が咲き始めたようです。桜前線は、これから1ヶ月くらいかけて、宍粟市を約40km北上します。長い間、桜を楽しめるのも宍粟市の魅力の一つです。今年は、雪が多かったせいか、咲き始めが少し遅い感じです…。となると、これからしばらくは、満開の桜、また桜吹雪の中で “街頭演説” って感じになりそうです。

市政報告会
 これまでもお知らせしていましたが、『市政報告会』の1回目が、明日5日に迫ってきました。改めて日程をここに記しておきます。
 
 4月5日(水)19:30〜 市民センター波賀
 4月6日(木)19:30〜 センターちくさ
 4月7日(金)19:30〜 センターいちのみや
 4月8日(土)19:30〜 山崎文化会館

 この『市政報告会』これまでの4年間を振り返りながら、宍粟市はどうなっていくのか?を皆さんにお知らせするとともに、この先、宍粟市にとって何が必要か?を皆さんと一緒に考えていきたいと思います。この4日間で頂戴した意見を自分なりに噛み砕いて、消化し、マニフェストに入れられるものは入れていこうと考えています。たくさんの方にご来場いただきたいと思います。…でも、これまで色々な形で『市政報告会』をやってきましたが、来場者数0ということも、何回かありました。その現実を受け入れることによって、メンタルは鍛えられましたが…。そして、待っているだけではダメだ、こっちから出かけていこうということで、昨年5月から “街頭演説” をやってきました。先日、4月1日で、99回を数えました。目標としていた「次の選挙までに100回」は、なんとかクリアできそうです。新聞報道後は、手を振ってくれたり、クラクションを鳴らしてくれたり、立ち止まって聞いてくれたりと色々な反応が見えてきました。また、途中からはフェイスブックで “街頭演説” の様子をライブ配信しているのですが、そちらも多くの方に見ていただいているようです。この場を借りて、御礼申し上げます。「本当にありがとうございます!」もう少しだけお騒がせしますが、ご理解下さい。

これからの動き
 自動失職を選択しましたので、私の議員任期も残り19日…。この先、議員としての仕事は、7日に中学校の入学式、8日が商工会十周年記念式典、9日に消防出初め式、11日に幼稚園の入園式、12日が常任委員会、13日が県立森林大学校開校式・入学式です。そして、18日が私にとって最後の議員協議会となります。そして、あと26日後、4月30日には、次の4年間に向けて、宍粟市にとって私が必要なのか?それとも不要なのか?の審判が下ります。

2017年4月1日

やっと理解できました【雑談】


いよいよ4月
 宍粟市は一昨日(30日)がとても暖かく(20度を超えたところもあったようです)庭の梅は八分咲きといった感じです。これまで鉢の底でじっとしていたメダカが水面に上がってきて、気持ちよさそうに泳いでいます。ツバメはどうかな?今年は巣を作ってくれるかな?昨年、倉庫に巣を作りかけていたのですが、その倉庫に閉じ込めてしまったことがあって、結局はどこかに行ってしまいました。今年は巣を作って欲しいです。そして可愛いヒナがたくさん、そこから巣立っていって欲しいなぁと思っています。ちなみに昨日(31日)は、雨が降っていました。しかし、山の頂上付近は白くなっていましたので、上の方は雪だったようです。なごり雪ってやつでしょうか?

やっと理解できた
 これまで色々なところで言われてきたこと「落ちたら宍粟市を出ていくつもりでしょ?」について、やっとその真意が理解できました。「ゆくゆくは県外に出ていくんでしょ?」ということ、要するに宍粟市に何年住んでいようが 「 “よそ者” は黙って、風習に従っていれば良いのだ」ということだったみたいです。家は借りて住むんではなくて、買い取るか建てろということ、骨を埋めるために墓を建てろ…それができないならいつまでたっても “よそ者” だということみたいです。でも一方では、宍粟市出身で各地で活躍する人たちは、いろいろなところでアピールされています。そのような人たちに、市民はどのような感情を抱かれるのでしょうか?私に対しては、宍粟市を踏み台にするな、何も知らないくせに引っ掻き回すな、不愉快だ…いろいろな感情があるみたです。「あんたと私では格が違う」(自治会内で身分のこと?)とか「あんたが言っても通じないけど、私が言ったら通じる」(よそ者の意見は誰も聞き入れないということ?)とか、面と向かって言われたこともあります。「あの家は、もともとは地元ではない」なんて話は、聞いてもいないのに耳に入ってきます。何代、地元に住んでいなければいけないのでしょうか?廃藩置県の時くらいまで遡れば満足ですか?家を建てたり、お墓がある人たちでも地元に残っていない人はたくさんいますよね?そのような人たちに、市民はどのような感情を抱かれるのでしょうか?市内に住んでいない行政職員だってわんさかいますよね?子どもや孫に「この町に帰ってこなくてもいい」と言っている人たちもたくさんいますよね?
 ここで教育長が言った「勉強できるようになったら、地元から出て行ってしまう」「だから宍粟市では、学力はそこそこで良いのだ」という言葉の意味がやっと理解できました。どこに住んでいようが、その人の能力や努力は別にして、地元の旧家出身者でなければ、まちづくりに関わってはいけないみたいです。まちづくり=世襲ということでしょうか?それを好む市民が大半を占めるならば、きっと私は選ばれないでしょう…。ただ、それだけの話です。「宍粟市を踏み台にするな!不愉快だ!」って言われましたが、踏み台というのは、高い位置にあるものを取るために用いるものです。もし宍粟市を踏み台にするとすれば、もっと高い位置にあるものは一体なんなのでしょうか?宍粟市出身で各地で活躍する人たちは、宍粟市を踏み台にした不愉快な人たちなのでしょうか?
 私に投げかけられる言葉の意味は理解できました。はっきりと意見をしていただいた方々に感謝します。この先も私は宍粟市に家を建てたり、墓を作ったりはしない(できない)でしょう。もし、私が宍粟市で一生を終えたとしても、何が残りますか?家と墓だけ残っていれば満足ですか?私は、年齢、性別、出身、障害のあるなしなどにかかわらず、市民が自分たちの町のまちづくりに関心を持ち、参加できる仕組み、雰囲気(私が言う “真の住民自治” です。)を作り、それを宍粟市に残したいと思っているだけです。道路を作ったとか、建物を建てたとか、それを実績のように言う政治家が多いですが、私は “自治の仕組み” を作りたいだけです。そんなこと “よそ者” に言われたくないと思われるならば、それも選挙で示していただければと思います。

2017年3月30日

やっと60,000…【雑談】

宍粟市では、桜の蕾も大きくなり、陽射しも暖かく すっかり “春” の装いです。品種によっては、満開の桜もあるようです。宍粟市は南北に長いので、市内を桜前線が北上していく様子が手に取るようにわかります。“春” は、市内でいろいろなイベントがあります。桜前線に乗っかって、たくさんの人に宍粟市を訪れていただきたいと思います。

60,000ページビュー
 やっと、このブログの閲覧数が60,000を超えました。記事の数が325なので、一つの記事あたりにすると185くらいになります。いつものことですが、これが多いのか?少ないのか?わかりません…。(実人数もわかりません。)これもいつも思うことですが、 “監視” を意味する閲覧がどれほどあるのか?それもわかりません…。いずれにせよ、ここまで続けてこられたのは、見ている人がいるという事実があったからです。しかし、このブログがきっかけで、なかなかハードな内容のメールやメッセージが来たり、SNSでいろいろと書かれたり…気が休まらないというのも事実です。それもひっくるめて、情報発信に対する反応ということで感謝しなければなりませんね。これからもよろしくお願いします。

市政報告会
 先日、『宍粟・草の根運動の会』会報第10号を配布させていただきました。今回は、市政報告会のお知らせが主な内容でした。改めて、日程をお知らせします。
 4月5日(水)19:30〜 市民センター波賀
 4月6日(木)19:30〜 センターちくさ
 4月7日(金)19:30〜 センターいちのみや
 4月8日(土)19:30〜 山崎文化会館
で計画しています。4夜連続!なんて書いていますが、それはこちら側の話で、4会場とも内容は、基本的に同じです。会場からの質問によって多少は内容は変わるかと思いますが、お近くの会場、また都合の良い日に来ていただければ幸いです。“決起集会” みたいなものではありません。とりあえず、話を聞いてください…。市政報告会に参加=宍粟・草の根運動の会に加入、なんてことは絶対にありませんのでご安心ください。

陣営?
 前回のブログタイトルを “陣営?” としましたが、内容がタイトルと合わなかったかなと反省しております。私は、いわゆる後援会のような “陣営” を作らない主義ですので、“陣営” と表現されたことに、少しだけ違和感を感じていることを伝えたかっただけなのです。〇〇の推薦をとったり、明らかに△△が支持しているとなった場合、その〇〇や△△が、団体とか業界とかだったら、当選したらどうしても “忖度” してしまうような気がするのです。それが、しがらみになってしまうならば、それに縛られることも想定されます。やっぱり、票につながる、つながらないに関係なく、動かなければならないことが出てくると思うのです。「応援したんだから、補助金ください」みたいになってしまったら、またそれに応えていたらどうしても歪みが出てくる気がします。国や県ならば、市町村に予算を引っ張ってくるみたいなことはあると思いますが、市町村の中で同じようなことをすれば、特定の団体や業界に予算が配分される(予算が偏る)ことになってしまいます。それはいい状態ではないと思います。それもあって “陣営” をがっちり固める選挙は自分のスタイルに合わないということです。まぁ、がっちり “陣営” を固めようと思っても、なかなか固められない、よそ者政治家の負け惜しみと言われれば、それまでですが…。

2017年3月28日

陣営?【雑談】


最後の定例会
 宍粟市議会定例会は、27日に平成29年度予算を可決して閉会しました。私にとって、最後の定例会が閉会しました。今回の予算は、全て “賛成”  しました。ただし、一般会計予算については、附帯決議案を委員会に提出し、全会一致で採択されました。
 議席から見る風景…もう二度と見ることはないでしょう。私は、4年間の任期中、全ての定例会で一般質問をさせていただきました。全部で16回、なかなか議論がかみ合わず、提案したこともなかなか実現せず…。とにかく政策議論にはならなかったという印象です。今、テレビなどで盛んに取りあげられている国会の審議もそうですが、議会と行政との議論は、噛み合わないものなのでしょうか?宍粟市議会の場合、行政(市長)サイドからの提案が、ほとんどの場合 “原案可決” で通過していきます。議会サイドからの発議といえば、議会内部の会議規則の改正などしかありません。議案への反対、修正案の提出、意見書の提出、附帯決議などなどいろいろな手段(ちょっと過激な手法もあったことは認めます…)で、議会の正常化(行政のチェック機能強化)に取り組んできました。しかし、手遅れ、また力不足を感じました。議会として普通にされなければならないことが、全くされてこなかった…。それが、“今” の宍粟市を作っているのだと思います。行政と議会の切磋琢磨、善政競争などとは程遠い状況です。財政健全化、人口減対策、教育、福祉、産業振興…全てが “待ったなし” の状態になってしまったのは、国がどうだ、県がどうだなんて関係ないのです。生活に密着した基礎自治体(市町村)として、これまで手をこまねいていただけの話です。“地方創生元年” がいつでしたっけ?平成27年度らしいです。いやいや、基礎自治体(市町村)のお仕事は、いつの時代も “地方創生” だったはずです。ここからも「国が…、県が…」と言い訳してきた行政の姿が浮き彫りになりました。それに乗っかってきた地方議会も同罪です。

立候補予定者説明会
 先日(18日)に、立候補予定者説明会というものが開催されました。そこには春の市長・市議会議員選挙に立候補を予定(検討)している24の “陣営” が参加していたようです。でも “陣営” って、何なのでしょう?選挙では、 “陣営” という言葉だけでなく、選挙戦、出馬、鞍替え、出陣式、決起集会、一騎打ち、空中戦…など物騒な言葉?がよく使われます。選挙に立候補する人は、自分を戦国時代の武将のように考えているんでしょうか?まぁ怪文書だったり、落選運動、ネガティブキャンペーン(時として人格否定のような噂話も…)もありますし、「○○ vs △△」みたいな構図が出来上がりますから、現代の戦(いくさ)という感じもなくはないのですが…。「○○ vs △△」の○○や△△は立候補者個人であったり、高齢者や若者など世代であったり、保守系だの革新系だのという区分であったり、党派であったり…いろいろです。でも、それって私にとって、あまり興味のない話なのです。(以前にもこのブログで書きましたが)私が選挙で戦っている相手がいるとすれば、まずは自分自身( 政治信念?そんな大げさなものではありませんが…)です。そして諦めであったり、閉塞感であったり、惰性であったり、息苦しさであったり…町を包み込んでいるボヤーッとした実態のないものと戦っているのだと思います。私は「本当にそれで良いのですか?」「本当にこのままで良いのですか?」と有権者だけではなく、自分自身を含め、赤ちゃんからお年寄りまで市民全員に問いかけているのです。ですから私の場合、選挙の結果は、勝った、負けたというより、選ばれた、選ばれなかったということを意味します。多数から一人を選ぶ選挙の場合は、特にその様相が濃くなります。

真意を測りかねる
 前にも触れましたが、私が立候補予定者になってから、いろいろなところで言われること(聞かれること)の一つに「落ちたら宍粟市から出て行くんでしょ?」という真意を測りかねる言葉があります。これってどういう意味なのか?考えてみました。① 「宍粟市から出ていくための口実として、勝ち目のない選挙に出た」②「宍粟市に定住する覚悟がない、その程度の人間だ」③「宍粟市から出て行かれては困る、落ちても残ってくれ」この3つほどしか思いつきません。でも、③「宍粟市から出て行かれては困る、落ちても残ってくれ」なんて勝手な言い分は絶対にない…。「宍粟市から出て行かれては困る、絶対に通ってくれ」だとしたら、話はわかりますが、それだったらもう少し手ごたえを感じているはずです。となると、① 「宍粟市から出ていくための口実として、勝ち目のない選挙に出た」②「宍粟市に定住する覚悟がない、その程度の人間だ」のどちらかの意味で「あいつは落ちたら、宍粟市から出ていく」という言葉がウロウロと一人歩きしているのだと思います。まず、① 「宍粟市から出ていくための口実として、勝ち目のない選挙に出た」について…出ていきたいと考えているならば、お金を使って選挙なんか出ません。さっさと出て行っています。私にとって、宍粟市は転勤先の一つでしかありませんでした。実家があるわけでもなく、親戚がいるわけでもなく、どんなに自分のルーツを探っても、宍粟市にたどり着く可能性はありません。これまで転居を繰り返しているので、引越しには慣れている方です。何度も言いますが、ここでチャレンジしないことは、政治に関わったものとして自分に対して、また市民に対して嘘をつくことになると思っています。最初から選ばれないことを期待して、選挙に出る政治家はいません。次に、②「宍粟市に定住する覚悟がない、その程度の人間だ」これも何度も言いますが、私は自分自身を政治家だと思っています。だから、選ばれなかった=この町、市民にとって必要ない、と解釈しています。まぁ、子ども達のこともあるので、この先、親の勝手で転校させるのは、極力避けようとは思っていますが、通ることを前提として、すべての物事を組み立てていますので、選ばれる=この町、市民にとって必要=定住という公式しか頭にありません。「もし、落ちたら…」なんてことは考えていません。そんなこと考えて選挙に出る政治家はいません。(落ちても痛くもかゆくもないという立候補者はいるかもしれませんが…。)

法律が意味すること
 公職選挙法に被選挙権についての規定があります。地方自治体の議会選挙は、3ヶ月以上区域内に住所を有し、実際に生活の本拠にしていたかが問題になります。住民票あればいいわけではなく、居住実態があるかどうか?が問われ、水道メーターが回っていないとか、生活必需品が家にないとかで、当選取り消しになったなんて事例もあります。しかし、同じ公職選挙法で、国会議員や知事、市町村長については住居の要件はありません。なぜでしょう?地方自治体の議員は自治体運営は住民の参加でという主旨から住居要件がある。一方、首長に住居要件がいらないのは、リーダーなので広く人材を選出するという意味があるらしいです。基本的には地元の声を反映するような地元のことを考えている人、でも国会議員や首長となると地元だけじゃないのも事実…。
 『地元の人の方が応援する気になる。外から来た人がいきなり「うちの町を良くしよう」と言っても、何も知らないくせにと思う。』という意見がある一方で、「基本は地元の人。でも首長とか行政を司る立場だと優秀な人でないと…。適任がいないなら、外からでもありかなぁ。」という意見もある。また「地元とのしがらみがなく、既得権と縁がない人がふさわしいという意識は、広がる傾向にある。」との解説もありました。実際、どうでしょうか?私は、公職選挙法が何も考えずに、市町村長について、住居の要件を設けていないとは思っていません…。4月30日まで、残り33日…。

2017年3月19日

“街頭演説” 第7ラウンド終了!【報告】

 
 宍粟市では、卒業式も始まり、高校、中学、幼稚園の卒業、卒園式に参列させていただきました。来週は小学校で卒業式です。参列していつも感じること…それは「この子たちに輝く未来が準備できているか?」ということ。それは、お膳立てということではなく、自分たちの意思で、可能性を広げ、自己実現できる社会が準備できているかということ…大人の都合で理不尽な障壁がないかということ…。この辺りは、地域間の差が顕著ですし、考えさせられます。“街頭演説” も7ラウンド目を終えましたので、その内容をここに記しておきます。
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 私は、宍粟市の大きな転換点は、2020年にあると考えています。宍粟市が山崎町、一宮町、波賀町、千種町の4町が合併して誕生したのが2005年、平成17年ですので、合併から15年後に大きな転換点がきます。何の転換が求められているか?それはお金の使い方です。これから4年間のお金の使い方を間違えれば、宍粟市は一気に消滅に向かいます。これは断言できます。国も県も助けてはくれません。「その時になったらなんとかなるでしょ」と気楽に構えていられる状況でもありません。
 合併は、国の地方分権の流れの中で進められてきたものです。国は地方交付税の優遇措置と、合併特例債という有利な借金の仕組みを地方に示し、合併を進めました。当時、お金の面で困っている市町村や将来に不安を抱えている市町村が大半でしたので、大きな市が周辺の町を吸収したり、小さな町がいくつか集まったりして、平成の大合併は進みました。宍粟市も同様です。合併からこれまでの間、合併した町もそうでない町も、税金の使い方について相当の努力をしてきています。戦後の高度経済成長時代とは違い、お金も人もどんどん増えていくという予測が成り立たなくなったからです。今から30年くらい前は、公共事業をどんどん出すことで、そこに雇用が生まれ、そこで働く人たちが町で買い物したり、食事したりすることで公共事業に直接関わらない人たちも含め、町全体が豊かになっていくという考えが行政の主流だったと思います。しかし、それは通用しなくなったのです。そもそもそのような考え自体が、幻想だったということは歴史が証明しています。
 宍粟市は、合併から15年後に地方交付税の優遇措置が終わり、そして合併特例債も使えなくなることで、一般会計で約50億円のお金が減るとわかっていながら、それに合わせた町の仕組みを作れていません。合併から15年という時間は、お金も人も減っていく中でどうやって町を作っていくのか?どんな町を作っていくのか?が、政治の中心的話題だったはずです。何か新しいことをやるためには、何か古いものを捨て去らなければならないというのが基本的な発想です。捨て去らなければならない古いもの…それは、何でもかんでも行政にお任せの補助金依存の発想と、税金に群がるの利権構造です。しかし、ターゲットにされてきたのは、子どもたちと小さな地域です。
 過疎化、少子化、高齢化というのが、現在の地方都市の大きなトレンドです。そんな世の中を作ってしまったことは顧みられることはなく、学校や幼稚園、教育関係の施設の統廃合が真っ先に進められてきました。大きな市役所を合併後すぐに建てておきながら、「少子化」だから仕方がない、「財政難」だから仕方がない何てよく言えるものだなと思います。合併市町村が新しい庁舎を建てるのは、合併から10年くらいたって、合併の評価をした上で必要最小限のものを作るというのが主流です。他の自治体では、廃校になった学校を庁舎にしたり、今までの役場を改修したりする例が多いようです。それは当然です。住民から学校や幼稚園なども含めて公共施設を奪ってしまう側の行政が、自分たちの職場だけ立派なものにすることが普通の感覚でできるはずがありません。
 しかし、宍粟市は学校や幼稚園が廃止されていく一方で、借金しながら新しい公共施設をどんどん建てています。きっと、学校の改築にも相当のお金を使っていると反論される方もいらっしゃるでしょうが、この先どんどん子どもが減っていくことを予測しながら、子どもが減ったことを住民の責任とでも言いたいような振る舞いをしながら、今までの資産を活用するという発想は全くありませんし、森林と共に生きる町とか言いながら、鉄筋コンクリートで、再利用しづらいものばかりにお金を使うのは、将来を見ていないからです。政治にビジョンがないからです。これはすべてのツケを子どもたちに押し付けながら、公共事業を乱発していることになります。これが、少子化や若者の人口流出に拍車をかけていることに気づかないのでしょうか?そして、公共事業や補助金を出し続けることができなくなること、それが結果として企業、団体の体力を奪うことは、みんなわかっていますが、出す側も受ける側もそれを止められないのはなぜでしょうか?根本的にお金の使い方を変える必要があります。一つの大きな目安は、あと5年で50億円の削減です…。とっても厳しいですが、この道を選択したのはこれまでの政治家を選んできた私たち市民の選択であるとも言えます。政治家だけではなく市民一人ひとりが真剣に考えなければならないことだと思います。
 そこで問題になるのは、どうやってそれを実現していくかです。一つは事業の評価を徹底して行うことです。そこには、子ども、若者、子育て世代などの若い市民の協力が必要です。一時期、事業仕分けという言葉が政治のトレンドになった時期があります。あれは、どうしても事業の廃止ばかりが取り上げられ、自分の領分を守ろうとする人たちの結束を高めることになり、それが大きな抵抗となって成果を上げることはできませんでした。しかし、発想は間違っていなかったと思います。現在、宍粟市では何百という補助金、助成金の類が制度化されていますが、力のある人たちのところで集中的に使われています。地元からの要望だからと、特定の地域、団体、個人に税金が流れるような制度が乱立し、政治家の集票に使われているきらいがあります。政治家の主観、口利きによって事業の優先順位が決められており、はじき出されている市民が大多数を占めます。私は、お金の使い方を透明化することで、無駄をなくしていくという意味での事業仕分けが、宍粟市には必要であると思います。透明化されれば、そんなに必要ないだろうと思われるようなお手盛り予算や、一部の人たちの利益にしかつながらないような黒い予算がどんどんと淘汰されていきます。「仕方がない」とされてきた部分に真正面から向き合い、補助金、助成金、負担金を実態に合わせ精査したら、相当の財源が眠っていると考えています。
 それを子どもたちの教育、子育て支援、市民活動支援、環境政策など未来予算に配分しましょう。それは宍粟市の創造性、市民の可能性にかけ自立の道を探るということです。子ども、若者、子育て世代、そして障害のある方、病気などを抱えていらっしゃる方などにもっと光をあてましょう。そのためにはもっと、もっとこの層の人たちにまちづくりの表舞台に出てきていただく必要があります。
 合併から15年、2020年までに市民の潜在能力を引き出し、仕方がないとされてきたお金の流れを市民の側にグッと引き寄せる必要があります。そのためにはまず、4月末に行われる市長、市議会議員の選挙が重要になってきます。若者の投票率をあげましょう。投票率は若者は低く、高齢者は高いのです。その結果が何をもたらすのか考えなければいけません。そして、自分自身の判断で投票する必要があります。親戚、近くに住んでいる、知り合いに頼まれた、同じ学校出身の市長候補、議員候補が、本当に4年間で、市民の潜在能力を引き出し、お金の流れを変えることができるか考えましょう。
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 先週から第8ラウンドに入っています。徐々に反応が見え始めました。こんな感じで最後まで走り続けます。これからもお騒がせしますがご理解のほど、よろしくお願いします。

2017年3月13日

よく聞かれること…【議論】

宍粟市は、朝晩はまだまだ寒いのですが、日中は過ごしやすくなってきました。季節の変わり目、体調などを崩さないように注意しましょう。このブログで、私の “決断” を発表し、それに伴って記者会見、新聞発表と怒涛の一ヶ月あまりを過ごしてきました。今までもそうだったのですが、最近いろいろなところで尋ねられることについてまとめたいと思います。

 「落ちたら宍粟市を出ていくつもりでしょ?」と聞かれることがあります。私、子育て真っ最中です。子どもたちも、それぞれいろいろなことに挑戦しています。この先、親の勝手で転校させるのは、極力避けようと思っています。なぜか、地域から出て行くように仕向けている(そう感じさせる)人たちが、そのようなことを言いふらしているみたですね。でも、政治家の落選って、もし一人だけしか通らない選挙の場合は「あなたは、私たちのまちには必要ありません」という人が多かったということ、複数名選ばれる選挙の場合、必要としている人が他の人に比べて少なかったということになります。また、落選=仕事を失うことにもなりますので、出て行かざるをえない状況に追い込まれるってこともありませんか?

 「高齢者を切り捨てるつもりでしょ?」と聞かれることがあります。いやいや今の宍粟市の現状、高齢化率が30%を超えるような状況だからこそ、子ども、若者、子育て世代を励まして、できれば増やして、高齢者を支えていこうとしているのです。その言葉って、自分たちの子どもさんやお孫さんを信じていないことになりますよ。私は若い層にいろいろとまちづくりの提案をしてもらおうと思っています。そして、それを実現していきたいと考えています。つまり若い層から出てくる新しい、面白い取り組みの中で、自分の親の世代やおじいちゃん、おばあちゃんの世代を切り捨て、自分達さえよければそれで良いっていう発想が出てくるようだったら、それはそれで根深い問題です。大先輩の方々にお願いしたいのは、どうか次世代を見守り、励まし、いろいろと教えていただきたいということです。

 「なんで議員やめないの?往生際が悪いっていうか、潔くないっていうか…」と言われることもあります。単に次の選挙に通りたいだけだったら辞めて、せっせと選挙準備をした方が楽(安心)なことは明白です。しかし、それをしてしまったら4年前に私に投じられた票は一体なんだったんだということになります。ですから、法律が許す限り、議員の職責を全うすることの方が私にとっては重要です。鞍替えはこちらの勝手な判断なのは明白です…。ですから、私は自動失職を選択しました。現在、予算委員会の最中ですが、手を抜かずに “議員” として、来年度の予算を審査させていただいています。

 「宍粟市のこと知らないくせに、引っ掻き回すのやめてもらえませんか?」とも言われます。確かに私は、宍粟市民になって6年です。小学校入学と同時にこちらに連れてきた、うちの真ん中の娘がこの春、小学校を卒業します。この件については、だから何?って思います。昔からの事をよく知っていて、ずーっと地元にいらっしゃった方が政治に関わるべきだというならば、そんな政治家の方々がこれまで何かしてくれましたか?と逆に問い返したいくらいです。政治家が自分の票になるか、ならないかで物事を選択してきた結果が今の状況です。よく政治家が「私を育ててくれた地域に恩返し」ということがあります。けれどそんなことで税金使われてはたまったものではありません。票になるか、ならないかよりもこのまちの未来にとって今、何をしなければならないのか?で物事を選択していっていただきたいものです。そして、その選択が正しかったのか、4年に一度、みなさんに評価してもらえば良いだけだと思います。

 他にもいろいろ言われます…。やはりよそ者ですから、ネガティブなことが多いですね。郷に入っては郷に従え、朱に交われば赤くなる、寄らば大樹の陰、長い物には巻かれろ…その方が暮らしやすいのかもしれません。一方で、窮屈だとも思います。それでは政治家は務まらないってことが多いのも事実です。やはり、政治ってどこかで戦いという側面があります。別に誰かと戦うということではなく、諦めであったり、理不尽な圧力であったり、そういったぼやっとしたものに真正面から立ち向かうという意味での戦いの場に、私は足を踏み入れたんだと思います。なぜか?このまちの未来にとって今、何をしなければならないのか?と考えた時、私が選択した結果であるということです。

 今、やらなければいけないのです。これが最後のチャンスなのです。現状維持で町が衰退、消滅していくのを待つのか?それとも一歩前に出て、10年後、20年後、30年後にも輝き続けられる町をみんなで作っていくのか?その選択の時が近づいている…ただそれだけのことだと私は思います。そして、政治家として、これまでの4年間で感じたことを、このタイミングで体現する “決断” をしただけのことです。

2017年3月7日

3月議会の一般質問【お知らせ】

第73回宍粟市議会定例会(3月議会)の代表質問&一般質問について、お知らせします。本会議の様子は、インターネットライブ中継、ケーブルテレビ(しそうチャンネル)と音声お知らせ装置(しーたん通信)で生放送されます。

3月7日(火)
9:30〜
■政策研究グループ「グローカルしそう」(飯田吉則 議員)
 ・認定こども園運営のための社会福祉法人募集について
 ・一宮生活圏の拠点づくりについて

■市民クラブ政友会(伊藤一郎 議員)
 ・市民の協力なくしてはここ豊かな街づくりはできない!

■日本共産党宍粟市会議員団(山下由美 議員)
 ・義務教育段階での給食費の軽減について 
 ・準要保護世帯にも入学準備金引き上げの適用を
 ・発達障がい児・者に対する教育・支援の充実を
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13:00〜
■創政会(実友勉 議員)
 ・高齢化社会と多子世帯の負担軽減を ・エネルギー自給率70パーセントに向けて
 ・夢に向かって頑張れる奨学金制度の拡充、充実を

■公明市民の会(西本諭 議員)
 ・マイナンバーカードの更なる推進を ・学習指導要領改訂と宍粟の教育について

■真正会(東豊俊 議員)
 ・宍粟市の今後について

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3月8日(水)
9:30〜
■大畑利明 議員(政策研究グループ「グローカルしそう」)
 ・介護保険の見直しと総合事業について ・雪対策について
 ・「耳鼻咽喉」診療の確保       ・都市計画について

■小林健志 議員(市民クラブ政友会)
 ・公共交通の利用促進について

■稲田常実 議員(無会派)
 ・資源ごみのコンテナ回収について ・理想とする観光産業について
 ・兵庫県立森林大学校開校に向けた環境整備について
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13:00〜
■岸本義明 議員(無会派)
 ・地方創生・まちづくりの推進について

■榧橋美恵子 議員(公明市民の会)
 ・いきいき百歳体操にポイント導入の再検討を     ・学校でのがん教育授業の検討は
 ・市民同士がお互いに褒め合うまちにしていきませんか ・大雪の時の対策は

■鈴木浩之(政策研究グループ「グローカルしそう」)
 ・子どもの貧困対策について ・医療と福祉の在宅・地域移行について

 私にとっては最後の一般質問になります。1期4年間で、16回目の一般質問です。長い間、ありがとうございました。次からは議員の皆さんと対面する側から、政治に関わっていけたら良いのですが…。

2017年2月27日

記者会見【お知らせ】

 先日、2月24日(金)に、記者クラブからの要請に応える形で “記者会見” をさせていただきました。報道機関の方々、また市役所を快くご提供くださった宍粟市の皆さんにこの場を借りて、御礼申し上げます。「本当にありがとうございました。」
 “記者会見” なんて、これまでしたことがなく、不慣れなので事前に原稿を準備しました。ここにその全文を(少し修正して)掲載させていただきます。facebook上では、動画(記者会見の場で、録画しておけばよかったのですが、動画が残っておらず自宅で撮り直したものです…)も配信しています。
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出馬動機
 4年間の議員活動を通じて、市民の声が市政に届いていないと感じました。特に届いていないのは、子ども、若者、子育て世代、そして障害のある方や病気を抱えていらっしゃる方の声です。そこを意識して、議員活動をしてきましたが、限界を感じました。
 この4年間で宍粟市の現役世代がどんどん減ってきました。これは、高齢者を支え、子どもたちを育てる世代が減ったということです。このままでは、高齢者を支えきれませんし、子ども達を育てられません。宍粟市の10年後、20年後、30年後を考えた時に、子ども、若者、子育て世代がまちづくりの表舞台に出てきていただくことが必要だと思います。
 それをするためには、「こんな街を一緒に作っていこう!」という、目標、展望を市民全体で共有していく必要があります。そのためには、しがらみのない立場で、市全体を見渡せる者がリーダーシップを発揮していかなければなりません。この4年間で、宍粟市のお金の使い方、福祉、教育、産業振興などの様子をつぶさに見てきました。また、他の自治体の事例も含めて、いろいろなことを勉強させていただきました。市民と寄り添い、市民の声が届く政治を今、実現しなければ、宍粟市に明るい未来はないと感じました。そして、そこに自分の役割があると確信しました。ここでチャレンジしなければ、それこそ政治に関わる者、市民に対して、そして自分に対して嘘をつくことになります。…ということで、合併後15年を迎える次の4年間、別の立場で、市政に関わっていくために、出馬を決断しました。

マニフェスト概要
 合併後15年、2020年までの宍粟市の政治に関わるキーワードは「財政」「教育」「若者」だと考えています。合併の優遇措置が終わり、地方交付税が大幅に減ります。予算の7割が依存財源である宍粟市では、大きな痛手です。また市内の経済循環率は、ある調査で7割弱だと言われています。3割強は、市外に流出しています。そこを市内に呼び込むための政策、市外から経済を呼び込む政策が必要です。宍粟市の高齢化率は30%を超え、支える世代の若者は市外に流出し、それと連動して少子化が進んでいます。当然のことながら、北部地域でそれが顕著に表れており、長年培ってきたコミュニティの力も低下してきています。このままでは、高齢者を支えきれなくなります。消滅可能性都市として、名指しされている宍粟市ですが、財政構造を見直し、次世代を担う子どもたちの教育、地域での社会教育を充実させ、若者がまちづくりの主役となることで、宍粟市を内実ともに持続発展可能性都市にしていきたいと考えています。そこには、年齢、性別、障害のあるなしに関わらず、全市民がまちづくりに参加し、行政、議会も含め同じ目標に向かって協働していく必要があります。その意味で、ビジョン、展望を示した上で市民に選ばれなければなりません。そのビジョン、展望の一端としてマニフェストを作りました。ただマニフェストというと、政策、その数値目標や達成時期、財源などを具体的にお示しするものですが、政策の実現可能性は、不透明です。なぜなら宍粟市の財政状況を見ると、宍粟市独自の政策を実現するための財源が不足していると判断しているからです。
 そこで、29年度予算を組み替えながら、初年度の財源確保に取り掛かる必要があると考えています。30年度の予算編成までに無作為抽出で選ばれた、市民による「(仮)宍粟版の事業仕分け」を実現し、初めに補助金、助成金の精査に取り掛かります。合わせて報酬は3割程度の削減を目指し、ふるさと納税やクラウドファンディングなどによる民間資金を調達できる仕組みを構築します。一般会計を圧迫する病院や水道など公営企業の経営改善も急務です。
 29年度中には、若者(高校生〜30歳くらいまで、市職員、市外の学生を含む)による「(仮)宍粟未来会議」を立ち上げ、任期中には、若者の視点での政策提言できる仕組みを構築します。この会議から、高齢者福祉、廃校などの利活用、若者の就学、企業、Uターンの支援、宍粟市のPRにつながる面白い仕組みが提案されることを期待しています。並行して、自ら、保育所、幼稚園、小学校、中学校などに出向き、読み聞かせや税の仕組みを伝えるような時間を作りたいと考えています。
 副市長と教育長の人事については、関係機関との協議が必要ですが、外部の人材を登用しようと考えています。また副市長は、行政経験者と民間人の2人体制が望ましいと考えています。地方分権時代とはいえ、国、県との調整が必要なことが多々ありますので、行政経験者の副市長にはそこを担っていただき、民間人の副市長には、経営という視点で、生産者、事業者、消費者と地域内経済循環に向けた調整を担っていただきたいと思います。教育長には、「学ぶ楽しさ」や「可能性を広げる喜び」を感じられるような学校教育、社会教育実現のための人材育成を先導していただきたいと考えています。宍粟の自然、歴史、文化、人材を最大限活かし、教育委員会とともに「人が育つ宍粟市」を実現します。
 教育、児童福祉の関係では、まず、幼稚園での3歳児教育を全公立幼稚園で実施できるよう調整します。財源の確保と人材の確保が課題になってくると考えられますが、予算の組み替え、潜在幼稚園教諭の発掘をしながら、幼児教育の地域間格差の是正に取り組みます。そして、現在進行中の幼保一元化計画、幼稚園と保育所の統合と民営化をゼロベースで見直します。全中学校区で幼児教育についての意見交換会を開催し、市長自ら住民の意向を聞くところから、再スタートします。時間はかかるかと思いますが、任期中には新たな幼児教育・保育の指針を作り上げます。現在進行中の子ども子育て計画にある病児・病後児保育を総合病院への併設を軸に早期に実現し、子育て環境の充実を図ります。 
 医療と福祉の面ですが、どちらも住み慣れた地域・在宅への移行を進めます。「(仮)宍粟市地域医療構想」を市民の参画で策定します。前述の「(仮)宍粟未来会議」のテーマにしても良いかもしれません。そして、総合病院の黒字化を任期中には実現したいと思います。経営状態は改善に向かっていますが、まだまだ地域の声に応えられていません。それ応えることが経営改善の道であると考えています。今、市民が地域医療に求めているものは、訪問診療、訪問看護の充実、産科・小児科(耳鼻科)の充実、救急医療への対応だと見ていますが、地域の医療ニーズを的確に把握するとともに、地元医師会との連携を図りながらそれに対応できる総合病院にしていきます。医療費抑制も最大の課題です。スマホなどで気軽に相談できる、行政情報にアクセスできるICT環境を整備することと並行して、病院にかかる前に相談できる体制を強化し、適正受診を市民に促します。
 障害者福祉は、特別支援教育を量、質ともに充実させます。特別支援学校の分校誘致の協議を県と進めます。また、特別支援教育に携わる方の学びの機会を官学連携で創出します。同時に将来、宍粟市の児童福祉、特別支援教育に関わる人材の就学支援制度も検討します。在宅・地域移行、合理的配慮の観点から、障害者の就労を支援します。まずは市役所での障害者雇用枠を拡大し、同時に障害者施設へ外部委託を広げます。グループホームの設置に対する助成を拡大し、地域移行を進めます。特別支援教育の全国規模の研究会、障害者の文化祭なども関係機関と協議し、市内開催を目指します。
 高齢者に対する政策の目標は、健康寿命を延ばすことにあります。高齢者に限ったことではありませんが、生活の質(QOL)の向上を目指し、要支援からの自立や介護認定が下がること、自立に向かうことの方が重要であるということを啓蒙しながら財政的、人的に高齢者の自立を支援していきます。外出支援サービスについては、必要としている人にサービスが届き、利用者にとって使い勝手の良い仕組みにして、継続していく必要があります。
 公共交通については、現在の路線を活かしながら、乗りたくなる公共交通を目指します。通勤通学での利用、観光客の利用も想定し、平日の朝は南下、夕方に北上、休日の朝は北上、夕方に南下というダイヤを事業者と協議します。本数は少なくても、毎日運行していることが重要だと考えています。イメージですが、枝線を循環型にして、幹線にアクセスさせることで人の交流、人の循環を促します。スクールバスを市民が利用出来る仕組みも検討します。公共交通網の充実と連動して、観光施策は、森林セラピーを軸に、温泉、食事、農作業や下草狩りなどの軽作業を組み合わせた長期滞在型のヘルスツーリズムに重点を置きます。観光による経済効果を観光事業者だけではなく、地域全体で享受できるような仕組みを作ります。
 産業振興ですが、農業では、地域の環境にあった推奨作物を指定します。現在、市内にあるものとして個人的に注目しているのは、ぶどうとブルーベリーです。耕作放棄地なども活用することで、生産量を増やし、ワインなどに加工するなど6次産業化に向けて、生産者と協議していきます。果樹園は、観光資源としての可能性も秘めています。ブルーベリーには、紅葉する品種があるそうなので、もみじや楓と合わせて、宍粟市の風景を形成してくれると思います。他にも優れた農産品があります。それらが市内のレストランや居酒屋、カフェ、直売所に流れる仕組みを第3セクター、事業者、生産者と協力して構築していきます。
 林業では、国際規格の認証制度などを活用し、ブランド化を目指します。また、公共施設を皮切りに、宍粟の材や森林資源を利用し、市内で生産された木、また森林の恩恵が市内に循環する仕組みを構築し、内実ともに「森と生きる宍粟市」を作ります。公共施設、一般住宅へのマキストーブやマキボイラーの普及と合わせ、宍粟に入ったら木の香りがするという香りの街道が実現できれば、観光資源にもなります。木質バイオマス発電、森林大学校の4年制化についても国、県と協議を始めます。
 畜産では、市内にある鶏と牛を主軸に振興を進めます。卵や肉などの生産物は農産物同様、市内で流通するように、また市内で生産されたものが、飼料などとして流通するなど、地域循環の仕組みを検討します。
 人口減対策では、若者の雇用対策が必要です。しかし、大企業の誘致にそれを求めるのは非現実的です。地理的にも、経済情勢的にも、大企業の進出可能性は低く、撤退などのリスクを伴います。小規模でも、地域に根を下ろしてくれる企業の誘致が宍粟市にとっては必要です。事業者に障害者の雇用、過疎地域へ立地を促す政策も必要です。それと並行して、第1次産業の担い手として、また起業家として若者が帰ってこられるような仕組み、支援策が必要です。「地域おこし協力隊」は国の制度ですが、宍粟市で仕事をして暮らすための、宍粟市独自の第1次産業でのインターンシップ、ワーキングホリデー、ソーシャルビジネスのチャレンジショップのような、お試し期間、助走期間を制度化し、Uターンや若者の移住定住を支援します。空き家は、若者のUターン、移住にも利用できるようにリフォームや引越し費用、家賃補助などの支援枠を広げるとともに公営住宅化を進めます。
 防災の面では、ハード面で、更新に合わせ、災害に強いインフラを整備します。リスクの分散ということも考え、小規模化、コンパクト化、地域密着型でそれを進めます。ソフト面では、防災教育を学校教育、社会教育で進め、災害時に活躍できる人材の育成と市民の防災意識向上を目指します。今回の大雪のように、災害時また災害にならないまでもリスクが高まった時点で高齢者や障害者の支援ができるような、広い意味での共助ネットワークを築きます。そこには市外の若者の力も必要です。官学連携で普段から学生さんが市内に出入りする仕組みを構築します。そのネットワークは防災面だけではなく、福祉、教育、産業にも生かせるようなものにしていかなければなりません。市外の若者が宍粟から何かを得て、宍粟を応援してくれるような関係を作ります。
 最後に、今の行政課題は、市役所組織の枠を飛び越えて複雑多岐にわたっています。実態に合わせた、組織の改編、職員の能力を生かした人事が必要です。わからないことも多々あるかと思いますが、それは市職員、議会と一緒に市民の声を聞き、一緒に学びながら、私の経験、知識、行動力を “宍粟の人づくり” に、そして発信力、ネットワークで宍粟をPRしながら、宍粟市民のための市政をしたいと思います。
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 記者会見で話したことは、こんな感じです。記者会見では、経歴などを聞かれたり、「○○について、詳しく教えてください」と質問されたりしました。選挙期間前なので、あくまで政治団体「宍粟・草の根運動の会」の政治活動、政策宣伝活動の一環です。そして、より多くの方に候補者(また政治団体)の政策に触れる機会を提供する必要がありますので、ここでマニュフェストの一端を紹介させていただきました。「〇〇をします!」という個別の事業は、現在考えている手法の一つでしかありません。登山に例えると…目的である頂上は変わらないけれど、そこに登るためのルート(道)は沢山あります。「〇〇をします!」という個別の事業は沢山あるルート(道)の一つです。違うルートであっても、頂上に登れば良いと考えていますのでマニフェストもそんな感じで見ていただければと思います。

追記:今回、私は「自動失職」を選択します。今回の「自動失職」とは?市議会議員が、別の選挙(首長、県議会、国政選挙等)に出る場合には、選挙の立候補届を完了した段階で市議会議員という公職に留まる要件を欠損したと見なされます。前回の選挙では、“議員” として、選ばれているので、あくまで任期中は “議員” としての職責を全うすることが必要だと考えますが、違う選挙に、現職のまま立候補することは法律が許しませんので、告示日に立候補届けが受理された時点で “議員” の職を失うことになります。約3週間は、議員の任期を全うできないことになります。そこは、ご理解いただきたいと思います。

2017年2月22日

みんなで政治参加!楽しくまちづくり!【雑談】

 宍粟市では、雪もひと段落といった感じです。しかし、これまでに降った量が半端ではなく、山間部(宍粟市でいえば北部)の集落では、まだまだ雪がたくさん残っています。雨も降ったようなので落雪も心配です。今回の大雪、たくさんの人が「南の人には、この現状がわからないんだろうなぁ…」と嘆いておられました。これは南に住んでいる一般市民のことではなく、南にある役所で働いている職員や南に住んでいる議員のことも含んでいます…。何か顕著な被害がたくさん出ないことには、災害と認識されないことはわかっています。お隣の町では、雪でたくさんの車(300台という報道あり…)が立ち往生してしまい、所有者の同意がなくても車を撤去できる災害対策基本法が適用され、自衛隊が派遣されました。そこまでいかなくても、高齢者福祉、防災の面から何か支援できないものでしょうか?前々から言っているように、少子化、人口減少社会とはいえ、若者は全国にたくさんいます。また、高齢者や困っている人を支えてくれる、手を差し伸べてくれる若者もたくさんいるはずです。熊本の震災ボランティアに参加した時は、地元の熊本だけではなく、全国からそんな若者がたくさん集まってきていました。互助、共助のチカラは、まだまだ残っています。過疎が進んで、高齢化率が高い地域ではそれを呼び込むことってとても重要だと思うのです。外から人を呼び込み、地域が元気になる…これは観光ではなかなか難しいのです。地域の人と一緒に学んだり、体験したりがなければならないのです。学び、体験とかいうと大げさですが、一緒に作業したり、ちょっと言葉を交わすだけで良いのです。それが互いに利益や恩恵を与え合うことになります。

決断
 前回のブログ、タイトルを大げさに「決断」とかしてしまったからか、今までで最多の閲覧数になりました。ご覧いただいた皆さん、ありがとうございました。公職選挙法の関係から、堂々と「〇〇選挙に立候補します!」と言えません。ブログは誰が見ているかわかりませんので、ここで「〇〇選挙に立候補します!」というのは、不特定多数に対する立候補表明に当たると考えています。新聞は発行部数、エリアが決まっているので不特定多数には当たらないですし、あくまで取材に対して「検討しています」「意向があります」程度の表現での報道になります。記者会見を開いたとしても、同様の解釈です。ここではハッキリとは申し上げられませんが、お察しいただければと思います。
 選挙制度は、最近大きく変わりました。一つは、ネット選挙の解禁、もう一つは18歳と19歳の若者に選挙権が認められたことです。(選挙は、“権利” です。“義務” ではありません。しっかりと自分の意思を持って “権利” を使いましょう!)でも、ネットに慣れ、親しんでいる層が選挙に関われるようになったことで逆に危険も潜んでいます。知らないところで選挙違反をしていたり、選挙妨害をしていたりなんてことも出てきます…。将来のある若者、未来を真剣に考えている若者に×をつけることは、あってはならないことです。今回のブログでは、基本的なところをお知らせします。

みんな気をつけて!
 選挙期間というのは告示(国政選挙の場合は公示)から投票日前日までです。次の宍粟市長・議会議員選挙でいえば、4月23日(告示)〜29日(投票日前日)までの7日間です。それ以外の期間は、選挙運動(主に投票依頼行動)はできません。「みんな(他の候補者)はやっているよ〜」という言葉に騙されてはいけません。選挙期間以外にできることは、あくまで政治活動です。「後援会に入ってください!」とか「こんな政策が必要だと思いますが、皆さんはどうお考えですか?」とかです。私の “街頭演説” も宍粟市の現状と展望、「宍粟・草の根運動の会」の政策を市民の皆さんに伝える政治活動です。(家を一軒ごとに訪問して投票を頼んだり、演説会や候補者の氏名の宣伝をする戸別訪問は、選挙期間中だけでなく、すべての政治活動のおいて禁止されています。)

ネット選挙運動
 ネット選挙運動(ネットを使って選挙期間中に行われる、特定の誰かを当選させようとする行為)は、ウェブサイトでの運動か電子メールでの運動かに大別されます。ウェブサイト、SNSは比較的自由ですが、電子メール(SMSを含む)に注意が必要です。でも、LINEやツイッター、フェイスブックなどのメッセージ機能は、電子メールにはなりません。ダメなことは…
①選挙運動用メールの送信、②選挙運動用ビラ・ポスターを添付した電子メールの送信、③送信された選挙運動用電子メールの転送 です。「〇〇選挙では、△△候補に投票しましょう!」という行為は、選挙期間外なら事前運動ということで、メールであろうがなんであろうが禁止されていますし、選挙期間中は電子メール(SMS含む)でそれをしたら、選挙違反です。また、未成年者は公職選挙法によって選挙運動そのものが禁止されているので、ネットを使った選挙運動も当然できません…。

 “選挙” を取り巻くきまりには、いろいろと「えっ!」と思うこともありますが、現在のルールであるので、それは守らなければなりません。皆さんも公職選挙法などに触れることで、世の中のルールを知ってみたら、違った世界が見えるかもしれません。ルールを守って、積極的に政治参加して欲しいと思います。

※参考にさせていただいたサイト
「水野ゆうき千葉県議会議員」のホームページ
「新経済連盟」のホームページ

2017年2月14日

決断【お知らせ】

 宍粟市では、木曜日の深夜から日曜日の朝にかけてたくさんの雪が降りました。宍粟市の北部では、これまでの雪も合わせて2m以上積もった地域もあるようです。「30年ぶりくらいじゃないだろか?」という声も聞かれるくらいです。そして、昨冬はほとんど雪が降らず、それはそれで「こんなに雪が少ない冬が今まであったっけ?」といった感じでしたので、そのギャップにも驚いています。
 こんな時には、やはり高齢者だけの世帯が心配されるところです。行政もいろいろ考えて除雪していただいているようですが、ここまで降ると除雪をしても雪の捨て場所がない、屋根の雪を下ろしてもその雪が行き場を失うという状況が出てきます。自分自身も家の近くは、できる限り範囲を広げてせっせと雪かきしていますが、それで精一杯で他の地域に手が回りません。
 やっぱりこういうときのためにも私たちは税金を払ってるんだと思うのです。個人の頑張りである自助、困った時はお互い様の精神で助け合う互助、自治会とかご近所単位での共助では追いつかない…。過疎化、高齢化の進んでいる地域では、すぐに限界がきてしまいます。何とかならないものでしょうか?“雪かき十字軍” なんて言葉を聞いたことがあります。公助が期待できないならば…そんな全国的な共助のネットワークが作れないものでしょうか?困った時に地域内外を問わず、若い力に頼ることってとても重要な気がします。元気な若者が、弱者を支えていくようなまちづくりが必要です。そんなまちづくりを先導していきたいと強く思います。

決断
 以前、私が代表をしている『宍粟・草の根運動の会』で、次の選挙で候補者を立てるための寄付をお願いしていました。供託金は、なんとかなりそうな情勢になってきました。よって、次の“選挙” に候補者を立てる予定でいます。(供託金以外に選挙でどうしても必要になってくる資金の方は、まだまだメドが立っていませんので、そちらは継続して募集中です!)
 選挙運動を、選挙期間になる前(告示前)にやると、事前運動にあたり、それは公職選挙法違反になってしまいます。ちなみに選挙運動とは?①特定の選挙について、②特定の候補者の当選を得又は得しめるために、③選挙人に働きかける行為(当選に直接または間接に必要かつ有利な行為)とされています。ややこしいですが、立候補を表明することは、選挙運動には当たりません。ただ、「事前(告示前)の立候補の表明自体がただちに事前運動に当たるとは言えないが、不特定多数の相手に立候補表明したら実質的には、それは選挙期間前の投票呼び掛け行為として事前運動と判断される恐れはある」という総務省の見解が示されています。また「選挙期間に入る前のすべての行為を禁止しているわけではなく、④立候補の準備行為(政党の公認を求めたり、候補者選考会など)、⑤選挙運動の準備行為(ポスターの印刷とか、選挙事務所を借りるなど)、⑥政治活動(政策宣伝など)については、選挙運動にわたらない限り禁止されるものではありません。」との見解もあり、無所属で選挙事務所を構えない(自宅を事務所にする)ような人はどうしたらいいの?という感じですが、要は告示前に「〇〇選挙では、私に清き一票を!」みたいなことを明言しなければ良いのです。つまり、『宍粟・草の根運動の会』の会報や街頭演説を通じた⑥政治活動(政策宣伝など)は、何にも問題になりません。しかし、公職選挙法にいろいろ解釈がある以上、『宍粟・草の根運動の会』が一体どの選挙に、誰を候補者として立てるのか?は、この場では明言しないほうが良いと思います。偶然出会った人に「次の選挙どうするん?」と聞かれ、「〇〇選に立候補しようかな〜と思っているんですよ〜」と答えることは、何ら問題ないと思いますし、新聞などの取材に対して「〇〇選挙に立候補を予定しています」と答えるのも何ら問題ないと思います。“立候補者” になるのはあくまで告示日に届けが受理された時点からです。それまでは、立候補を予定している一人の政治家といった感じで理解していただければと思います。

 今、やらなければいけないのです。これが最後のチャンスなのです。現状維持で町が衰退、消滅していくのを待つのか?それとも一歩前に出て、10年後、20年後、30年後にも輝き続けられる町をみんなで作っていくのか?その選択の時が近づいている…ただそれだけのことだと私は思います。そして、政治家として、これまでの4年間で感じたことを、このタイミングで体現する “決断” をしただけのことです。

2017年2月2日

“街頭演説” 第6ラウンド終了!【報告】

宍粟市では、先月中旬の大雪から、少し落ち着きを取り戻して
いますが、それでも市内あちこちに残った雪にはいろいろと不便を強いられているのも事実…。「今シーズンはスキーに行けるっ!」と意気込んでいましたが、なかなかゲレンデに行くことができていません。そう言えば、「春に選挙があるからいろいろと忙しい」ことを忘れていました。5月から始めた “街頭演説” も6ラウンド目を終えました。回数にして、ちょうど70回になりました。第6ラウンドの内容をここに記しておきます。
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 これまでの “街頭演説” では、宍粟市の人口減の問題、そこに果たす政治・政治家の役割、これから宍粟市は何をしなければいけないのか?について、みなさんと一緒に考えてきました。今回からは、私の政治活動4年間を総括しながら、こうしてみたら何かが生まれるかもしれないという、私自身の考えを主張させていただきたいと思います。
 私は、政治の役割はとにもかくにも「弱者の救済」だと考えています。この弱者という言葉は、私自身、あまり好きではありませんが、強者に対しての弱者という意味で、決して単に弱い人という意味ではありません。周りと比較して不利な立場に追いやられてしまった人や地域、意見を聞き入れてもらえず力のある者に押さえつけられている人や地域、いわゆる少数派と言われる人たちのことです。現状でいえば市民のほとんどが弱者であると思います。
 これからどんどんと厳しくなるお金、限られた財源の中で地域課題を解決するための政策に優先順をつけるとすれば、子ども、若者、子育て世代、そして障害のある方、病気などを抱えていらっしゃる方などが真っ先に光をあてなければならない層です。そこに光をあてるのが政治だと思います。
 しかし、宍粟市で行われている政治はどうでしょうか?行政サービスが充実したわけでもないのに、負担ばかりが増えています。なぜ、負担増になったのかの説明がなされないまま、議会もその説明を求めないままに、「仕方がない」で済まされているのです。本当に「仕方ない」ことでしょうか?それを決めている人たちは、負担増なんか痛くもかゆくのない人たち、つまり強者ばかりです。
 何百という補助金、助成金の類が制度化されていますが、力のある人たちのところで集中的に使われています。地元からの要望だからと、特定の団体、個人に税金が流れるような制度が乱立し、集票に使われます。要望が通るところと、通らないところの違いは何なのでしょうか?全ての要望が通るわけはないのですが、どうやって優先順位がつけられているかは一切公表されていません。それを明らかにできないのは、裏を返せば、市長の主観、議員の口利きによって優先順位が決められているということを表しています。市長の主観、議員の口利きによって、はじき出されている層が、いわゆる弱者です。これを公正な市政運営だと言えるでしょうか?いつ、どこで、誰が、何を根拠に政策を決めているのか?政策の決定過程を見える化しましょう。
 補助金、助成金、負担金などを実態に合わせ精査したら、相当の財源がそこに眠っていると考えています。教育、子育て支援、市民活動支援、環境政策に配分しましょう。宍粟市の創造性、可能性にかけ自立の道を探りましょう。
 これまで億を超えるような大型公共事業は、ほとんどの場合、特定の数社が受注しています。一方で、市民の平均所得は全国的に見て相当な低水準です。大きな施設の建設によって、税金はどんどん上がっています。ほとんど人が乗らない、使いづらいと言われる公共交通、利用が少ない公共施設の建設、運営にどんどんと税金が使われていきます。道路や橋の建設などの事業は、県の事業費が増加したら、それに引きづられどんどんと市の税金が使われます。逆に国や県の補助が減っても、その分、市の税金を使って、道路や橋の建設は守られます。宍粟総合病院に赤字補填にどれだけの税金が使われているかご存じでしょうか?常に支出が収入を上回る状態で経営がなされています。貯金は底をつきました。上下水道事業がどれだけの借金を抱えているかご存知でしょうか?水道事業も支出が収入を上回る状態で運営されています。全てが「仕方がない」で済まされることなのでしょうか?「仕方がない」で済ましていれば、そのツケを払うのは、若者や子ども達です。
 教育や福祉に関する事業は、地域間の差が放置されています。そして、縮小または自己負担増の一途をたどっています。国保、介護保険料、上下水道料金など生活に関する負担はどんどん上がっていきます。教育費の多くは、施設の建設費、工事費です。教育の中身を充実させるためにお金を使っていないので、小・中学生の学力は、全国平均から大きく引き離されました。教員研修所を整備したにもかかわらず、市教育委員会主催の研修に参加する先生は、ほとんどいません。子どもの学力向上、子どもの貧困対策には、幼児教育がカギを握ることがわかっていながら、認定こども園を作るまでは3歳児教育もしないと言い切っています。3歳児が幼稚園を選択できない町が、全国的に見ればごくごく少数であることを皆さんご存知でしょうか?子どもの権利を守ることが最優先のはずですが、施設の建設の方が優先順位が高いような町に未来があると思われますか?学校も幼稚園も、何の根拠も示されないまま統廃合を繰り返して大規模化しようとしています。挙げ句の果てに、宍粟市では集団の中で子ども達は「泣いたり、痛がったり、悲しんだり」しながら、社会性を身につけなければいけないようです。教育委員会のこの発言は、いじめや体罰などを一部容認していると捉えられても仕方のない状況です。不登校、行きすぎた指導と言われる教職員によるパワハラ事案は、隠れていますが相当数に上ります。この先、重大事案がいつ起こってもおかしくない状況だと私は見ています。教育委員も含め、教育現場に住民の目が行き届いておらず、内輪の論理で教育活動が進んでいます。学校に対する市民の信頼はどんどんと低下しています。
 この4年間で人口減は加速しています。それはある意味、消滅に向かっているということです。財政的には、市民が治める市税はどんどんと減ってきています。そして国からの地方交付税もどんどんと減ってきています。もう直ぐ、合併特例債という合併市町村にとって有利と言われている借金が使えなくなります。つまり、今すぐにでもお金の使い方に優先順位をつけ、既存の事業を見直し、廃止しなければならない状況ですが、使うお金はどんどんと上がっています。収入(入ってくるお金)が減っているのに、支出(使うお金)が増えるということは、家庭、企業などでは到底考えられませんが、行政だけがそれを許されるのです。それは、負担を次の世代に先送りにできるからです。
 これを今すぐに食い止めなければいけません。残された時間は5年を切っています。しかし、何か痛みの伴う大改革は必要ないと私は思っています。今まで社会的に虐げられてきた層に光を当て、市民の潜在能力を引き出すだけで随分と変わるような気がします。そして、「仕方ない」「必要悪」とされていた悪習を立ち切るだけで相当な財源が確保できると思っています。その証拠に毎年、予算化したけれど使えなかったお金が10億円近く出ています。この10億円を計画的に執行するだけで随分と町は変わるはずです。合併から15年、2020年までに市民の潜在能力を引き出し、悪習を断ち切る必要があります。そのためにはまず、4月末に行われる市長、市議会議員の選挙が重要になってきます。投票率をあげましょう。投票率は年代に比例し、若者は投票率が低く、高齢者は投票率が高いのです。若者の投票率を上げなければいけません。そして、自分自身の判断で投票する必要があります。親戚、近くに住んでいる、知り合いに頼まれた、同じ学校出身の市長候補、議員候補が、本当に4年間で、市民の潜在能力を引き出し、悪習を断ち切ることができるか考えましょう。
 この4年間で私は、各方面から散々批判されてきました。当然、私も議員として市のお金の使い方について相当な批判をしてきました。しかし、このままでは宍粟市が消滅してしまうという危機感、悲観的な将来が見えてしまったのだから仕方ありません。そこから目をそらすことができないから、煙たがれようが、批判されようがこうして声を上げ、行動しているのです。
 皆さん諦めていませんか?どうせ近いうちに宍粟市はなくなると思っていませんか?だから、子どもや孫に、帰ってこなくてもいいと進言しているのではありませんか?本当にそれでいいのですか?一緒に、宍粟市の10年後、20年後、30年後の青写真、未来予想図を描きましょう。その未来予想図には子ども、若者、子育て世代、そして社会的な弱者とされている障害のある方や病気を抱えた方々の意見が反映されていなければ意味がありません。政治はそれをお手伝いするのが仕事だと私は真剣に考えています。
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 次回からは7ラウンド目に入ります。今回の雪で、新たに “街頭演説” できる場所を見つけることができました。そこも合わせ、場所を増やしていきます。facebookでのライブ配信にも挑戦しています。そちらもよろしくお願いします。

2017年1月18日

22年目の1.17を過ごして【議論】

 宍粟市は、14日未明から16日までたくさんの雪が降りました。私がこちらに来てから、今回が6回目の冬なのですが、こんなに雪が降り積もったのは初めてです。地元の方も驚くほどですから、どれくらいぶりなのでしょうか?私自身は、静岡県生まれではありますが、松本市、長野市、小谷村、糸魚川市、御殿場市と雪に縁のある町に合わせて10年以上住んでいましたので、多少は雪に慣れています。特に小谷村、糸魚川市(この二つ、長野県と新潟県の境を挟んで隣り合っています…)に住んでいた時は、雪が降る前の雪囲いに始まり、雪かき、屋根雪下ろしと “雪国” の生活を思い切り経験しました。スリップして車をボコボコにしたり、屋根雪下ろしの最中に雪と一緒に屋根から落っこちたりという危険な経験も沢山しました。ちょうどその頃、冬山にも登っていましたので、そこでは雪崩に巻き込まれたりもしました。今回の大雪、実はその勢いと積雪量に “恐怖” を感じました。大雪警報が解除され、油断していたから余計にそう感じたのかもしれません。そして、実際のところ、“公助” というのはそれほど期待できないものなのかも…ということも感じました。

“1.17” という日…
 1995年(平成7年)1月17日、“阪神淡路大震災” …。あれから今年で22年です。私は、当時そのニュースを雪深い長野県の小谷村で聞きました。その頃、関西には何人か知り合いがいる程度、その方たちと常に連絡を取り合っているといった関係でもなく、当時は携帯電話はなく、メールがやっと一般的になってきたかなという時代…。小谷村は糸魚川静岡構造線上(フォッサマグナの西端?)に位置することもあり、大きな地震が起こるかもしれないといわれていましたので用心はしていましたが、実際には遠い世界で起こったことに感じてしまいました。その年の夏には、地震ではなく、大規模な水害(7.11水害)が発生し、自然災害を身近に感じることになるのですが…。関西が大変な時でしたが、「自分自身も大変だったなぁ」と(不謹慎かもしれませんが)当時を思い出します。阪神淡路大震災と7.11水害が自分の中でつながっているようです。

そして “3.11” という日…
 2011年(平成23年)3月11日、“東日本大震災” …。あれから今年で6年です。私は、当時そのニュースを春の御殿場市で聞きました。御殿場でも震度5くらいはあったと記憶しています。「これ以上被害が広がりませんように…」「原発事故が大事になりませんように…」とただひたすら祈っていたことを思い出します。そして、その4日後には “静岡県東部地震” がありました。夜、子どもたちと寝ている時に大きな揺れ(震度5弱)があり、「自分、家族の身に地震?」「きっと大丈夫…」と、意外にも落ち着いていたことを記憶しています。東日本大震災が起こってすぐだったので、心の準備ができていたのかもしれません。その後、1ヶ月あまりで、宍粟市に引っ越しました。

 いずれの地震でも自分自身、家族、友人・知人などが怪我をするようなことはありませんでした。しかし、多くの方が被災され、たくさんの方が亡くなり、怪我をされ、財産を失ってしまいました。友人の中には原発事故の関係で、福島を離れた人もいます。改めてお悔やみとお見舞いを申し上げます。地震だけではなく、様々な自然災害からの教訓を生かし、それを成長させていくことが、今の私にできる最大の祈りです。
 今回の大雪、1.17を経て、防災について改めて考えさせられました。宍粟市の場合、旧4町(本庁+3市民局)に、防災担当者(できれば防災士などの有資格者)を配置し、その人が、管内の防災活動や実際に災害があった場合の対応をコーディネートする体制が良いのではないでしょうか?今回のような大雪の場合、市内に住んでいる職員をあらかじめ指定しておき、その職員から情報収集を行い、優先順位をつけて除雪を行う必要があるように感じました。例えば、まずは幹線道路、次いで医療機関、福祉施設・学校園所(通学路)という順番で進めていくという方針を出す…。そして、情報を発信をすること。市内の現状、どのような順番で “公助” の力が伝播していくのか等。また、「それまでは “自助” と “共助” の力で “公助” を待っていて欲しい」などのメッセージを積極的に伝える必要があると思います。情報発信によってボランティアの力、“共助” の力が広がっていく可能性もあります。大雨の時もそうなのですが、“公助” の要である行政は、意外とのん気な感じがします。ある地域では恐怖を覚えるような大雨が降っていても、市のホームページは、「現在、緊急情報はございません。」のままになっていたり…。行政として、「情報はしっかりキャッチしていますよ」とか「実際に動いていますよ」いうことだけでも伝えてくれたら、住民も安心できるのになぁ…と思うことがあります。防災にとって、SNSの活用なども含めて「情報の取り扱い」というのは、結構重要な要素だと私は思います。  
 昨日、今日と「この道に除雪車入ってくれないのかなぁ〜」などと思ったり、ご高齢の方が一生懸命雪かきをしている姿を眺めたりしながら、自分の家の近所を除雪しました。「きっともっと大変な地域や施設があるんだろうなぁ、頑張らなきゃ!」と自分に言い聞かせはしますけど、それと同時に「せめて市内の現状くらいは知らせても良いんじゃない?」とも思いました。

2017年1月17日

若者の政治参加をめざして!【お願い】

寄付のお願い
 「宍粟・草の根運動の会」は、会員様からの会費、また皆さんからの寄付、そして代表の私費をやりくりしながら政治活動をさせていただいています。日頃のご支援に対して厚く感謝申し上げます。
 
 設立からこれまでの4年間、宍粟市の財政の問題、過疎の問題、少子高齢化の問題などについて市民の声なき声を聞き、市民生活を肌で感じることをモットーに活動してきました。次の4年間でいったい何をしなければならないのか?それはやっぱり “住民自治の実現” です。市民が自分たちで考え、自分たちで決め、自分たちで実行していくための “場” づくりです。特に、子ども、若者、子育て世代が自分たちのこと、自分たちの町の未来を語る場が少ないと感じます。未来を諦めてしまっているのか?それとも「何とかなる」と考えているのか?そうではないはずです。
 
 宍粟市では、若者の関心が政治に向いていません。志のある若者が、いろいろなしがらみに抑え付けられ、まちづくりの表舞台や選挙に出てこられない。自分たちのことなのに、どんどんと他人事になってしまっているように思います。ここがとっても、とっても問題だと思うのです…。宍粟市では、“若者” の転出が人口減の多くを占めています。今すぐにでも若者に政治に関心をもってもらい、自分たちの町の “まちづくり” にどんどん参加してもらいたいのです。まずは政治が、その仕組みを作る必要があります。政治家として、そこに “チャレンジ” させていただきたいのです。今すぐ(平成29年)です。次(平成33年)では、遅いのです…。
 しかし、ハッキリ言いますと「現状では、次の選挙に候補者を出せるだけの資金がありません。」そこで、改めて全国に向け「宍粟・草の根運動の会」へ活動資金の “寄付” をお願いしようと思います。
 
 私たちは、政治家に必要だと言われる地盤(組織)、看板(知名度)、カバン(お金)が揃った候補者でなくても、町のことを真剣に考えて行動できる人が、“政治” の世界には必要だと思っています。だからこそ「宍粟・草の根運動の会」では、次世代の立候補者のハードルが下がるような選挙スタイルを模索していかなければならないと思っています。それはきっと細い、細い道でしょう。しかし、それも私たちに課せられた使命だと思います。「あんたら、もう少し政治に関わっていても良いよ…」と思われる方々からの支援をお待ちしています。(具体的な候補者名は、“公職選挙法” に抵触する恐れがありますので、明らかにできません。これはあくまで政治団体「宍粟・草の根運動の会」からのお願いです。)

 選挙では、まず “供託金” というものが必要になります。ここが一つ目の “お金” のハードルです。宍粟市など政令指定都市ではない市の場合…市長100万円(得票数が、有効投票総数の10分の1以下の場合は没収)、市議会議員30万円(得票数が、有効投票総数÷議員定数の10分の1以下の場合は没収)です。二つ目のハードルは、選挙用ポスター(写真撮影代、ポスター作成費用)や選挙カー(レンタル代、運転手代、燃料代)などの選挙費用です。選挙費用の一部は公費負担をしていただけますが、ネットを利用したりして、相当の節約をしても、いくらかお金がかかかります…。

そこで  “ 目標金額 100万円 ”  で寄付を募らせていただきます。(一口1,000円で何口でも構いません。)これには、供託金も含んでいます。① 目標金額に到達しなかった場合、候補者を出せませんので “返金” します。② 目標金額に達して、候補者を立てられた場合は、“政治資金規正法” などの関係で、個人献金、寄付という形で使わせていただくことになります。(ただし、その候補者の当落に関係なく “返金” を基本とさせていただきたいので、選挙後、寄付していただいた方に意思確認をさせていただきます。)いくつか留意事項を記しておきます。
__________ 
・外国籍の方からの献金、および、匿名での献金は禁止されています。
・同一の政治団体に対する個人献金の年限度額は150万円です。
・年間 50,000 円を超えた額を寄付されますと、住所・氏名・金額・職業・寄付をした日付が収支報告に掲載され、開示されます。
・企業献金が可能なのは主に政党、寄付控除の対象となるのは都道府県、政令指定都市の首長及び議員までとなっています。今回の寄付は「個人献金」のみで、控除の対象にはなりません。
__________
● 郵便局からは…
郵便振替
口座記号番号 00950−5−235627
口座名称   宍粟・草の根運動の会(シソウ クサノネウンドウノカイ)

※ 郵便局にある「払込取扱票」に必要事項をご記入の上、振込みをお願いします。
(画像の「見本」を参考にしてください。)
※ 印字された「払込取扱票」が必要な方はご連絡いただければ、お送りします。

● 銀行などからは…
金融機関   ゆうちょ銀行
店  名   099(ゼロキュウキュウ)店
預金種類   当座
口座番号   0235627
口座名称   宍粟・草の根運動の会(シソウ クサノネウンドウノカイ)

※ いずれの場合も、「振込手数料」は自己負担となります。ご了承ください。
__________
ご寄付頂ける場合は、
① お名前(必ず本名で)
② ご住所
③ 電話番号
④ メールアドレス
⑤ お勤め先・ご職業
⑥ 寄付金額(1,000円/口〜)
をメールで shiso71+kifu@gmail.com までお知らせいただきたいと思います。寄付に関するお問い合わせ、「振込用紙を送ってほしい」というご希望もこちらで承ります。


2017年1月9日

いよいよ選挙モード?【雑談】

 宍粟市は、雪のない状態で、新年、2017年、平成29年を迎えました。皆さんは、どのようなお正月を過ごされたでしょうか?私の身近な方の中には、病院でお正月を迎えた方もいらっしゃいます。そちらの方がご本人も、ご家族も安心とも言えますが、少し寂しい気がしました…。今年は思いっきりスキーを…と思っていましたが、私のホームゲレンデ(ばんしゅう戸倉スノーパーク)は、オープンしていません。
 
早かった…
 2017年(平成29年)は、いったいどんな年になるのでしょうか?2005年(平成17年)に山崎町、一宮町、波賀町、千種町が合併し、“宍粟市” になりました。合併から、もうすぐ12年…。あと3年で、合併の優遇措置が終わります。私がよく使う “2020年問題” という言葉。その解決に残された時間でもあります。
 私は平成17年当時、徳島市民でした。2000年(平成12年)に29歳で結婚し、2003年(平成15年)に長男、2004年(平成16年)に長女が生まれ、2007年(平成19年)には、徳島から御殿場へ転勤、半年後には次女が生まれ、2011年(平成23年)にここ “宍粟市” に移住(転勤)してきました。
 移住してきて2年後の2013年(平成25年)の選挙にチャレンジし、市議会議員になりました。私の議員としての任期も、残り4ヶ月を切りました。1期目の4年間は、何もわからないなりに(わからないからこそ…)前例(悪習?)に囚われずに、議会改革(議会改革度ランキングは、2013年の233位から、2015年では88位に!)、修正案の提出(そのうち、幼稚園の設置条例は “可決” )、1期目で常任委員会の委員長就任などなど、思い切り活動させていただきました。これが単なる独りよがりで終わるのか? 市民生活にちょっとでも良い影響を与えているのか? 少しでも市民の暮らし向きは良くなったのか? 声なき声をすくい上げられたのか?は、4月に一旦、評価されることになります。(次も挑戦すればの話ですが…)
 この4年間で、投票所が54ケ所から31ケ所に削減され、選挙権が18歳以上となり、宍粟市議会の議員定数は18から16に削減されました。そして4月23日告示、30日投開票の日程で4回目の宍粟市長・市議会議員のW選挙が行われます。

新年の抱負
 もう1月も10日が過ぎ、今更って感じがしますが、「今年1年は、こんな年にします!」ということを、ここにきっちり記録しておきます。

① “街頭演説” は、選挙まで続けます。5月から始めましたが、現在、6ラウンド目に入っています。市内に12カ所、街宣ポイントを決めていますので、まずはそこを中心に…。今まで行けていない地域にも出かけられるようにします。

② 年度末、3月議会では、平成29年度予算の審議があります。昨年9月の平成27年度決算同様、今回も委員会に入っていますので、きっちり是々非々、市民目線で議論させていただきます。3月の予算審査は、4月23日告示の次の選挙に出る現職にとっては委員会に入るか、入らないかで相当な差が出てきます。ソワソワしそうですが、それはそれ、これはこれ…。

③ 2回目の選挙に(もし出るのならば…)、 これまでの慣例にとらわれないで自分のスタイルで選挙運動をさせていただきます。前回よりもかなり厳しいと思いますので、票につながる、繋がらないなんてちっちゃなことは気にせず、とにかく自分の言葉で “自分の考え” を地道に訴えていきます。それが市民に伝わり、共鳴していただければ自ずと結果が付いてくるという気持ちで…。

④ ゴーデンウィーク以降の人生は未定ですが、私は40歳を過ぎたら、とにかく次世代の育成、社会貢献メインの人生を送ろうと思っていますので、どんな立場であろうともとにかく、次世代の育成に邁進します。自分の子どもだけでなく、子ども、若者、障害のある方や病気を抱えていらっしゃる方などの声に耳を傾け、自分の置かれた立場でやれることをしようと思います。

⑤ 趣味&体力づくりで続けているランニング。大会への出場は、ゆっくり、ゆったり続けていこうと思います。2月の「姫路城マラソン」にエントリーしていますので、まずは5度目のフルマラソン完走をめざして頑張ります。そして昨年、叶わなかった “自転車のロングライドイベント” にもチャレンジしようと思います。9月のチャリティーイベント “ツールド東北” が目標です。

⑥ 昨年は、熊本地震のボランティアに参加させていただき、息子共々貴重な経験をさせていただきました。とっても自己中心的な言い方になってしまいますが、ボランティアを必要としている地域、団体があれば、力になりたいと思います。今年はオーストラリアからの留学生がやってきます。一昨年同様、ホームステイを受け入れられたら良いなぁ〜。児童養護施設の子のホームステイも楽しみです。

⑦ きっと今年は、自分の人生にとって大きな節目になると思います。自分の娘は中学生になり、息子は受験生。子ども達を育てることは、命を育むこと…、未来を創造すること…これから少子高齢化が加速していきます。社会全体で子どもを育て、高齢者を支えましょう。私も是非そこにコミットしたいです。

以上、ザックリですが新年の抱負です。今年は、きっときっと不確実で厳しい社会になっていくでしょう。自分を見失わず、着実に歩んでいけたらと思います。本年もよろしくお願いします。